左利きのキャッチャーミット Saito/AOI 

 
 

 貴方が僕と同じ左利きだと気がついたのは、出会ってしばらく経っての事だった。
貴方が左手を義体化していることは知っていたけど、それは利き手を義体化しているとイコールにならないのはよくあることで、食べる時も、文字を書くときも右手を使っていたから、僕は全然気がつかなかった。

 なぜ利き手の左手を義体化したのか問うと、ちょっとした事故だと少し寂しそうな笑顔で言った。
それではなぜ右手を使うのか尋ねると、自分の身体だからだと貴方は答えた。
“義体の手を使って大事なことはしたくない。可能な限り、この身体で出来ることはこの身体でやりたいんだ” と、迷い無く話しているのを、僕は興味深く眺めていた。

 貴方が言う”大事なこと”というのは、主に人を殺すことだと思った。
貴方は、僕に本当のことを伝えていなかったけど、僕は貴方が一体何者で、何をしながら生きているか知っている。
残念ながら僕は覗きが趣味なハッカーだし、大好きな人のことは誰よりも知っていたかったから。僕が笑い男だったと知らずに、あなたもまた自分がスナイパーであることを明かさずに、こうして時を繋いでいる。

 貴方が利き手と効き目を失った後、義体の左手ではなく、残った右手と右目でスナイピングを続けていくと決めた理由について、僕はよく考えていた。作られた手ではなく、己の右手で人の命を奪うことで、何か責任をとろうとしているのだろうか?
貴方のことだから、義体を使いこなす事が難しかったわけではないだろうし、やはり貴方なり哲学があるんだろうなと思った。たとえ扱い難い右手だったとしても、自分の身体を信じたかったのかもしれない。あるいは自分の身体しか信じられなかったのかもしれない。
そんな風に憶測してみたけど、本当のところは貴方にしか分からない。聞いたって答えてくれるはずがない。

「おい、アオイ」

「え?」

「どこ見てるんだ。暑さでボケたか?」

 貴方は少し心配そうな、それでいてからかうような口調で僕に語りかける。
僕は随分ぼんやりしていたようだ。

 マジックアワーの美しい時間に、僕らはのんびりキャッチボールをしている。
貴方の利き手のことを知ってから、僕はこうして何度もキャッチボールに誘うようになった。

 投げる指先は変わっても受け止める指先は同じ。
貴方のミットにボールを投げるたびに、僕はずっと遠い昔の貴方にアクセスしているような気持ちになれるのが、とても嬉しかった。

「サイトーさん行きますよ・・・!」

「ちゃんとまっすぐ投げろよ!このミットの真ん中だぞ!」

「分かってますよ。一応これでもちゃんと狙ってるんですよ!」

 僕の苦手なキャッチボールも、いつか上手になるのだろうか?
あらぬ方向へ飛んで行くボールを追いかける貴方を見つめながら、いつか来るかもしれない遠い日を思った。

 
 
 
 
 
 
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