初めての友達

 
 

疲れた。
何に疲れたって?
そりゃもう、あれだ。試験勉強というやつに、だ。

 実のところ、週明けに行われる期末試験の準備に追われている。今まではそこまで試験勉強に時間を割かずとも、そこそこの成績をキープできていた。しかし、ここ半年ほどはネットゲームThe Worldにすっかり夢中になってしまい、授業中に居眠りをするほどになっていた。そして前回の試験の成績がなかなかに悪かったので、いつもは放任主義の両親からこっぴどく叱られ、さらにはゲーム禁止令が発動する一歩手前まできてしまったのだ。こうなったからにはさすがに勉強しないとまずい。ここ一週間くらい、遅れていた分を取り戻すべくわりと真面目に勉強に取り組んでいるのだが……

「飽きた……。もう限界……」

 頭はもちろん、腰や肩も凝り固まって痛い。息抜きにどこか散歩にでも行こうか。ちらりと時計を見ると、時刻は22時を過ぎていた。

「さすがに……ちょっと遅いか」

 俺は仕方なくベッドに寝ころび、禁止にしていた携帯端末に手を伸ばす。完全に疲れきった身体では勉強なんて出来るはずもない、適度な休息は必要だと自分に言い聞かせてから電源をつける。さすがにM2Dを引っ張りだしたら、そのまま何時間もゲームをしてしまいそうだったから、端末から見える世界で我慢することにした。とりあえず、通知のたまっていたメールボックスを開いてざっとメールをチェックする。The Worldの連中から何通かメールが来ているが、大体は他愛の挨拶メールだった。俺が試験期間だと伝えていたので、お誘いメールや雑談メールも特に来ていなくて、なんだか少し物足りない気持ちになってくる。

「まぁ、仕方ないか……」

 こういう時に誰かと話したり、チャットしたり出来たらよい息抜きになるのだが、そういう友人や恋人なんかはいなかった。俺は端末を放り投げてベッドで大の字になる。凝り固まった筋肉を伸ばして大きく深呼吸し、はぁ……と深いため息をついた。すると、ピンッと通知音が鳴る。どうせ配信メールか何かだろうと思いつつ画面を確認する。

 
 

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▼ 試験勉強頑張ってる?    シラバス     2017/07/02
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 思いがけないメッセージに思わず飛び起きた。
俺はすぐさまそのメールを開く。

 
 

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や!ハセヲ!
試験期間に入ったってアトリちゃんから聞いたよ。勉強頑張ってる?
僕に手伝えることがあれば……なんていつもだったら言うんだけど、ハセヲの勉強を教える自信はちょっとないかな^^;

最近カナードにハセヲが来ないから、ガスパーがちょっと寂しがってたよ。
ハセヲの試験が終わったら、みんなでまた冒険しようね!結構いいクエストがいっぱい出てるんだ。
それじゃ、いつでも連絡してね!

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 他愛のない内容のメール。でもそれだけで少し気持ちがリラックスする。何か返事をしようか、それともこのまま放っておこうかと少し思い悩んだが、とにかく今はもう少し誰かとコミュニケーションを取りたい気分だった。俺はすぐに

 
 

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シラバス、今話できるか?
電話番号は xxxx-xxx-xxxx

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 とメッセージを送った。
シラバスのメールは、その律儀で丁寧な文面からして、数分は考えて作ってくれたものだと分かった。それなのに、そんなメールに対して自分の要件しか書かずに返信する俺の自己中さよ。さすがに失礼だったかな、と思うのもつかの間、見知らぬ番号から電話が鳴る。

「もしもし?………シラ……バスか?」

「あ!もしもし?うん。僕だよ。あはは、すごい。電話からハセヲの声がする」

 聞き覚えのある柔らかい声が受話器から聞こえてくる。間違いなくその声はシラバスの声で、でもここは確かに現実の世界だから少し変な感じだ。

「シラバス、お前ちゃんと現実にいたんだな」

「あはは。そうだね。うん。ハセヲも、ちゃんといたんだね」

 嬉しそうに笑う声は、いつもゲームで聞いてるシラバスと変わりないのだけど、少しだけ大人っぽく感じた。

「どうしたの?急に電話なんて」

「ああ、悪いな急に」

「ううん。僕は全然暇だからいいんだけど」

「いや、特別何か用事があるってわけじゃなくて……ただ、ちょっと疲れたっていうか……勉強に飽きてさ……」

「え!それで電話したの?」

「わ、悪いかよ……」

電話の向こうで楽しそうに笑うシラバスに俺はバツが悪くなってくる。

「ううん。いいよ全然。でも、嬉しいな」

「ん?」

「ちょうど偶然メールしたのもあるけど、ハセヲがこんな風に電話してくれるなんてさ」

僕たち友達みたいだね。
と、嬉しそうに話すシラバス。

 ”友達”という言葉に俺は顔が熱くなってくる。カナードの連中は、俺にとって友達なのか?同じギルドのメンバーで、何かあれば助けてくれるゲーム仲間。でも他のゲーム仲間とは少し違うかもしれない。でもあえて友達なんて言われると、嬉しい反面、とても恥ずかしい気持ちになってくる。

「……べ、別に。俺は、ただ……カナードの……」

「ギルドマスター、だよね。ふふ」

相変わらず陽気な声でシラバスが答える。

「…って、てめぇ、真似すんじゃねぇよ」

「あはは! でも、本当にありがとう。ギルドマスター引き受けてくれて」

 シラバスの言葉がいちいち甘い。甘やかされている感じがしてくすぐったい。
彼は何を言っても、いつも俺を褒めて、励まして、優しい言葉をかけてくる。なんだか調子が狂って仕方がない。

「別に、俺は……!……別に……」

 歯切れの悪い返事しかできないのに、シラバスはそれを笑ったり、おちょくったりすることなく、ただ「うんうん」とうなずいてくれる。俺は話題を反らしたくて、適当に最近のThe Worldの出来事やシラバスの通う大学の話なんかを聞いてみた。彼はそれに対して、やはりいつもの調子で丁寧に分かりやすく話してくれた。

「ハセヲがいない間にも色々あったんだよ。それで試験勉強は、大丈夫そう?」

「ああ。このままいけば、問題ない。おかげ様で、いい息抜きになった」

「よかった~。やっぱり息抜きは大事だよね!」

 僕は息抜きにゲームしちゃうから、気づいたらゲームの方がメインになってるんだけど、と照れ臭そうに続ける。シラバスは本当にThe Worldが大好きだ。俺みたいにトライエッジを倒すことだけに時間を割いているような人間とは遊び方が根本的に違う。それなのに、不思議と一緒に行動している。おそらくシラバスもガスパーも、初心者サポートを通じて色々なプレイヤーに出会っているから、それぞれのプレイスタイルを尊重してくれているのだろう。

「でも、ゲームで会えなくても、こうやってリアルでも話せるの、すごく嬉しいなぁ。僕、リアルで誰かと会ったり話したりすることあんまりないから」

「そうなのか? 意外だな」

「まぁほとんど毎日The Worldにいるしね。それに、なんだろう。やっぱりハセヲはちょっと特別なのかもしれないなぁ」

「な、なんだよ…。それ……」

「え? うーん。なんだろう?わからないけど。ハセヲは初めて会った時から、普通の人とは違うなぁって思ってたんだ!」

 シラバスは楽しそうに話を続ける。初めてマク・アヌの港で出会った時のこと。たくさんのプレイヤーサポートをしてきた中で、「ハセヲは普通の人とは違う特別なオーラが出ていたんだよ!」なんて言い始めた。いまいち俺には実感がないが、シラバスがそう思うのなら別に悪い気はしなかった。そういえば、ギルドマスターに任命してきた時も、いきなり「ハセヲにはリーダーシップがある」とか言ってきたっけ?それに何かにつけておせっかいを焼いてくるし、結局アリーナにも最後まで付き合ってくれた。シラバスにとって、俺は何か特別なものを持った人に見えたのだろうか。そういえばクーンとも仲が良かったし、碑文使いと馬が合うタイプなのかもしれない。

「シラバスは、まぁなんだ。街の人かと思ったな。それくらい平凡な感じ」

「わ!それたまに言われるけど。ハセヲに言われるとちょっとショックかも」

 そう言いながらも、満更でもないといった雰囲気だ。シラバスはやはりあまり目立ちたいタイプではないのだろう。そんな平凡そうなPCにも関わらず、俺はなぜかシラバスとこうして電話までしているのだから不思議なものだ。俺は正直、大体のやつとはうまくいかない。大体の奴らにイライラしてしまう。いや、シラバスに対しても多少イライラしていた部分はあったが、なぜか一緒にいてあまり嫌な気持ちにならなかった。それがなぜなのか、今の俺にはよく分からないが、だからこそ俺は当たり前のようにアリーナに誘ったし、こうしてリアルでも話をしている。

「シラバス……あのさ」

「ん?」

「その……また、電話してもいいか?」

「うん! いつでもしていいよ!」

 いつだって、呼んだら来てくれる。追いかけても追いかけても掴めないものばかりで、いつもみんな俺を置いてけぼりにするのに、彼はいつだってそこにいてくれる。だからきっと、当たり前のように一緒にいられるのかもしれない。

「あ、ありがとな……」

「こうやって、ハセヲと話すの楽しいし」

「ああ……」

 彼となら少しだけ素直に話せる。何を話しても笑顔で聞いてくれるから、いつもだったら気恥ずかしくて言えないようなことも、言える。

「それじゃ、また…」

「うん。おやすみハセヲ」

「おやすみ」

 穏やかな声を受けとめてから、そっと電話を切る。俺は初めて友達と思える人に出会えたのかもしれない。
 それだけのことなに、なぜか胸がドキドキして仕方なかった。

 
 
 
 
 
 
 
 
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