「こんなところに、よくまぁ恥ずかしいこと書けるよな」
「あ、ハセヲ。他人が書いた短冊は見ちゃだめだよ」
「そんな決まりねぇだろ」
こんな人目の触れるところに、見られて恥ずかしいことを書く奴が悪い。大体こんなゲームの中で願掛けをしたところで御利益もクソもないだろう。ゲームにしろこういった季節行事にしろ、イベント事に夢中になるやつの気持ちはいまいちよく分からない。しかし今日はシラバスに半ば強引に誘われ、断るに断りきれずCC社主催の七夕イベントやらに参加することになったのだ。
「お前もよくまぁ、いつもいつも懲りずに参加するよな……」
目を輝かせながら笹飾りを見つめるシラバスに呆れつつ、そんな彼に律儀に付き合ってしまっている自分に思わずため息がこぼれる。
「やっぱり、ザ・ワールドのイベントには参加しておきたいんだよね! 限定クエストでレアアイテムも手に入るし。こういうのは楽しんだもの勝ちだよ!」
いつもより興奮気味に話すシラバス。カラフルな短冊がなびく笹のアーチをくぐり抜けると、そこにはひときわ大きな獣人像が立っていた。
「それに今日は、ハセヲに来て欲しかったんだよね」
彼は少し照れ臭そうに笑った。
大きな獣人像には日本的で少々派手な装飾が施されている。分かりやすいくらい七夕の神様とでも言いたそうなその姿に、あの自称グラフィッカーの顔が浮かんでくる。文句のひとつでも言おうかと思ったが、隣にいるシラバスがこれまた嬉しそうに目を輝かせているから、とりあえず感想は飲み込むことにした。
「すごいねぇ! ここがメイン会場みたいだね。ね、ハセヲ。ハセヲも短冊に願い事を書こうよ」
「は? 誰がこんな茶番…」
「ね、ね。これ。ここで書くみたいだよ。早く早く」
「…はぁ、ったく、仕方ねぇな」
人の話を聞いているのかいないのか、シラバスは俺の意見を軽やかに無視して物事を進めるときがある。それなのにあまり不快な気持ちにならないのは、本当はそれほど嫌じゃないからだ。そしておそらく、彼はそれを見抜いている。結局いつも彼の誘いを断ることができず、むしろそうやって関わってくれることに心地良ささえ感じ始めている。
俺はシラバスから差し出されたペンを受け取り、適当に無地の短冊を拾う。願い事を書けと言われても、いまいち何を書いていいのか分からない。それにどうせ八咫の野郎がのぞき見しているんだろうと思うと、あまりプライベートなことは書きたくない。
「人目につくんだから、無難なこと書けばいいだろ」
「…でも具体的に書かないと、織姫様が空から見たとき、なんのことか分からないよ」
「織姫様って………」
真顔でそんなことを語りだすから、時々本当にこいつは大学生なのかと疑いたくなる。
「みんなと仲良くできますように、とか、大学に合格できますように、とかじゃ、漠然としすぎでしょ? 誰が何に対してお願いしているのか分からない」
「そう……だな」
「だから、【ハセヲと仲良くできますように。シラバス】くらい具体的に書かないと」
「具体的すぎて恥ずかし……っていうか、もう仲良いだろ?」
「え? 本当? 良かったぁ。ハセヲにそう言われると嬉しいな」
にこにこと嬉しそうに微笑むシラバス。そんな彼を見ていたら自分で言ったことが何だかとても恥ずかしい発言のような気がしてきて、俺は思わず顔を背けた。
「お、お前の願い事はそれだったのかよ……」
「うーん。それもいいかなって思ってたけど、もう仲良しなら違うこと書こうかなぁ」
本当にそう書くつもりだったのか冗談なのか分からない物言いで、飄々と続ける。
「ハセヲと〈もっと〉仲良くなれますように。シラバス」
「お前、ふざけてるだろ」
「そんなことないよ。でも……えへへ、やっぱりハセヲのこと書くね」
「好きにしろっ」
鼻歌まじりで短冊を書くシラバスを後目に、俺はペンを握る。これといって書くことが思いつかなかったが、せっかくの願い事に俺のことを書くというシラバスを前にして他のことを書く気にはなれず、俺もシラバスについて書くことにした。とはいえ、何だか少し恥ずかしかったので、彼に背を向け、書いている内容が見られないように願い事を記した。
「ハセヲはなんて書いたの?」
「お、おい! 見るな!」
「え、いいじゃん教えてよ~」
「お、お前が人のやつ見るなって言ったんだろうが!」
「あはは。そうだったね。じゃあ何を書いたかはお互い秘密だよ」
短冊をぎゅっと胸に当ててにっこり笑うシラバス。そう言われると何を書いたのかやたら気になってくる。俺のことを書くと言っていたけど一体何を書いたのか。しかしここでシラバスの短冊をのぞき見したらさすがに大人げない。
「じゃあ、短冊飾ろ。これ、一緒に飾らないとアイテムが手に入らないんだ。でも、見ちゃだめだよ。約束だよ!」
「わかった、わかった。目ぇつぶって付けりゃいいだろ」
俺は目を閉じたまま獣人像の前に垂れ下がっている笹の葉に短冊をくくりつけた。おそらくシラバスも取付けたのだろうか、獣人像の前の宝箱がぱかっと開く音がした。
「え! これ! 七夕限定のレアアイテム・天の川のサネカズラ? う、嘘……出ちゃった」
「出ちゃったって。これ狙いで来たんだろ?」
「そ、そうなんだけど」
アイテムを入手するなり、戸惑うくらい驚いていたが、すぐに嬉しそうな様子で、「このアイテムはジョブに対応した装備効果があってね……」などと、何やらうんちくを語り始めた。彼のゲームに対する情熱に俺は思わず笑いそうになる。
「でも、今日は本当にありがとう。このイベント、ふたりで短冊を飾ることでレアアイテムが手に入る仕様だったから」
「だったら、ガスパーのやつを誘えば良かったじゃねぇか」
「それがね、実はガスパーに先約があって…。しかも女の子だって言うんだよ」
「なんだと! アイツいつのまに!」
「七夕イベントだからやっぱりカップル向けみたいでさ。こういうとき独り身はつらいよね~」
そんなカップル向けのイベントにも関わらず、レアアイテム欲しさに友達を誘うシラバスのしたたかさには感服せざるを得ない。そして、親しくしている何人かの女性PCから全く誘いがなかったということに、少々の寂しさを感じずにはいられなかった。
「ふん。どうせ俺だって寂しい独り身だよ」
志乃の顔が脳裏によぎる。もし彼女がいたら俺を誘ってくれたのだろうか。
「織姫と彦星。ふたりで短冊を書けば開く宝箱か。結構めちゃくちゃな設定だけど、書く内容はなんでもよかったのか?」
「え!? う、うん。たぶんなんでも良かったと思うよ。そ、そんなことよりさ、せっかくだし、もう少し遊んでいこうよ」
シラバスがぎゅっと手を引いてくる。彼はよく人の手を取る癖がある。そんなのはいつものことなのに、今日は触れる指先がいつもより熱い気がした。
「……ったく、しゃーねぇな……今日だけだぞ」
天の川の真葛(サネカズラ)。
再会を意味する花の名を持つそのレアアイテムは非常に珍しいアイテムで、通常は「織姫の涙」というアイテムが手に入る仕様だった。
“同じ願い事” をしないとそのレアアイテムが手に入らないことを知るのは、それからしばらくしてのこと。
了
※真葛(サネカズラ)
サネカズラの花言葉は、「再会」「また逢いましょう」「好機」など