雨の日はカレーを食べよう

 今日は久しぶりに雨が降った。
天気予報を全く確認していなかったので、おや、雨かと、気まぐれな天気に思わず少し驚いてしまった。別に雨でも晴れでも今日やることは一緒だったから、別に何というわけでもないのだけど、せっかくの休日、そして久しぶりに恋人と過ごせる休日なのだから、できれば晴れて欲しかった気はする。

「あ、雨?」

 隣に腰を下ろし、少し遠慮がちに肩へ寄りかかる恋人は独り言のようにそう呟いた。
頭にはM2Dを装着していたが、弾ける雨音がその耳にも届いたようだった。

「うん、雨だね。雨降るなんて言ってたっけ?」

「さぁ、知らない」

 お互い天気予報なんて全然気にしていなかったのは承知の上で、とくに意味の成さない言葉を並べる。僕はM2Dを一度取り外し、窓の方に目をやった。パタパタと水の滴る弾けるような音が、ふたりきりの静かな部屋へ、スタッカートな音楽として流れ込んでくる。昼なのにすっかり暗く、凜とした涼しい空気を内包する和室の空間は、雨の音楽と相まって少し幻想的かもしれない。

「優一?」

 ゲーム内の僕が動かなくなったからか、隣で仮想世界に溶け込んでいた恋人がいぶかしげに顔をあげた。
その恋人、三崎亮はM2Dを頭部にすいっと持ち上げると、目尻の涼しげな大きな瞳で僕を見つめてきた。

「どうした?」

「いや、雨だなぁっと思って」

 雨だろうと晴れだろうと、今日は別に予定がなかったので、朝からThe Worldに没入していたわけなのだが、突然降り出した雨に、今日は気持ちが揺れ動いている。

「そういえば、亮がいるときに雨が降るのは初めてかも」

 だから今日の雨は特別な気がしたのだろうか。肩から腕にかけて感じるほんのりと温かい彼の温度が、窓からさらさらと入り込むひんやりとした空気と混ざり合い、胸をそっと、穏やかな気持ちへいざなっていく。

「雨なんて、いつだって降るじゃねぇか」

 頭から少し乱暴にM2Dを外しながら、ちょっと気怠そうに彼はそう言った。
僕はそんな彼に寄りかかるようにそっと肩に頭をもたれかけた。

「でも、亮はいつもいるわけじゃないから・・・」

 もたれかかったことで、耳が肩口でふさがって自分の声がぼんやりとこもって聞こえる。亮の存在で耳の中に暖かく閉じ込められた空気がとく、とく、とく、と、生き物のように響いていた。何となく宙に目線を彷徨わせていると、もたれかけた頭にふわりと優しく何かかが触れる。
 少しして、ああ、亮に撫でられているんだなと気がついた。

「優一、今日、何食べたい?」

 突然問われる今日の夕飯。確かに少しお腹が空いてきたかもしれない。何を食べたいかなと考えている間、僕の前髪を何度も軽く引っ張ったり、弾いたりして遊ぶ彼は一体どんな顔をしているのだろうか。

「作ってくれるの?」

「いいよ、作っても。何がいい?」

 亮は意外と料理が上手だということを知ったのはつい先日のことで。朝起きたら、手際よく綺麗な朝ご飯が机に運ばれてきたのだから驚いたものだ。しかもかなり美味しかった。

「じゃあね。カレー」

「カレーが食べたいのか?」

「うん。雨の日って、カレー食べたくならない?」

 僕は自分の髪で遊んでいた彼の手を掴み、そのままぎゅっと優しく包み込む。少しだけ自分より大きい手の平が、一瞬驚いた様子で固まったが、すぐに優しく握り返してきた。

「確かに、カレー食べたいかもな」

「やった!じゃあ、今日は亮の手作りカレーね!」

 流されるように同意した彼に、今日の晩ご飯を作る任務を半ば強制的に与える。綺麗に切りそろえられた彼の爪の先をかりかりと撫でながら、この指先が作り出す美味しいカレーの味を想像する。
 何の変哲のない雨の日も、何の変哲もないいつもの食事も、彼と一緒なら特別なものになる。まだ遠慮がちな優しい恋人に、いつかちゃんと伝えてあげたいなと思いながら、僕はそっと指先にキスをした。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

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