夏の匂いはいつかの想い出(後編)

 
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 とろけるような熱い肌の心地よさに、思わずうっとり目を閉じる。人肌がこんなにも気持ちよく、安心感のあるものだとは知らなかった。そしてこの安心感に隠れて、身体の奥からじわじわと大きな欲望の渦が沸き立ってくるのを感じる。密着した肌の隙間から汗が、つ‥‥と流れ、俺はそれを合図に身体をそっと離す。

「亮、あついね‥‥」

 汗ばんだ頬をいつもより上気させながら、彼は、はぁ‥と、ひとつ、熱い吐息を漏らした。そんな様子ひとつ取り零したくなくて、俺はその唇にそっとキスをした。それに優しく、ちゅ‥と甘い音を立てて応えてくれる彼が愛おしくて、脳がとろけてくる。俺はそのまま、頬、首筋、肩へ、白く滑らかな肌に優しくキスを降り注いだ。胸の少し隆起したカーブに沿って唇を這わせると、ぴくんと身体が敏感に反応したので、俺はそこにそっと歯をたてた。

「あ‥だめ‥跡は‥‥ いっ‥!」

 禁止されるとほぼ同じタイミングで、チュゥ‥と音を立てながら吸い上げる。
唇を離すと、そこには紅い花びらのような跡がふんわりと浮かんでいた。

「あ、跡、つけないでよ‥‥」

「見えるところにはつけないから」

「でも‥っ、あ‥!」

 俺は彼が声を出すタイミングで反対側の白く柔らかい皮膚にも吸い付いた。さっきよりも少し強めに吸い上げたら、血のにじみを感じさせるほど紅く花開き、白い肌とのコントラストがとても官能的だった。

「ね、ぇ‥ あ、だめ‥って‥!」

 俺は彼の制止を無視して、更に首筋の、おそらく服を着たときに襟で見えるか見えないかあたりをめがけて最後にまたひとつ紅い花を咲かせた。

「もう、‥亮!」

 顔を真っ赤にしながら怒ったように少し声を荒げる様子がなんだか可愛いらしくて、俺はその顔にもたくさんのキスをお見舞いする。

「わ、わ、ちょっと」

「へへ。ま、たぶん見えないから大丈夫」

「たぶんじゃないよ‥もう‥」

 まだ不機嫌そうにむくれているから、俺は悪戯を誤魔化すみたいな笑顔を作り、身体を優しく抱きしめた。密着した皮膚から伝わる温度と、隙間からじりじりとあふれ出てくる汗が混ざり合い、ふたりの境目が否応なしに反応し始める。

「ね、優一さん、今日は‥挿れてもいい?」

 その言葉に彼は目を泳がせながら困った顔をする。そんな彼の中心も、すでに熱を抱えて大きくなりはじめていた。俺はベッド脇の引き出しに腕を伸ばし、小さなローションの瓶を取り出す。俺はその時さりげなく、彼の中心に自分の腰をやんわりと押しつけた。

「亮‥‥」

「いい?」

 俺はボトルを少しわざとらしいくらい見せつける。今からあなたにこれを使いますよ、と突きつけられた彼は、少し気まずそうに眉をひそめながらボトルから目を反らした。俺はそのボトルを開けて、中のとろとろの液体をゆっくりと彼の中心に滑らせていく。

「‥っ、ん、ぁ‥‥」

 気持ちよさそうな甘い声を漏らしながら、身体をくねらせる。少し抜くだけで血液が集まり、ゆるゆると確実に、紅く、硬く変化していくそこは、禁欲的ないつもの彼からは想像ができないくらい卑猥な雄の様子をたたえていた。俺は早く繋がりたくて、とろけた指をすぼまりへ這わせた。割れ目に沿って指を這わせると、すかさず足を閉じようとするので、俺は自分の身体を割り込ませ、彼の頑なな足を大きく開かせた。

「‥っ!? ‥や‥‥だ、亮‥!」

 決して誰にも見せない秘部をのぞき込まれた彼は、顔を真っ赤にしながら直ぐさま自らの手でそこを覆い隠してしまう。

「隠さないでよ‥」

 大事な場所を隠す指先にキスをする。それでもなかなか指をどけてくれないので、その指先に少し強く噛み付いてみた。

「‥‥痛、っ、だめ‥亮‥‥‥!」

 動揺した隙に指先の自由を奪い、ぐいっと腕をひっぱりあげる。そして露わになった秘部を覗き込んだ。とろとろと物欲しげに揺れる小さな穴。顔を少し上げれば、目をきつく閉じて真っ赤になっている愛しい人。こんな官能的な様子を同時に見渡せてしまう光景に、抑えようのない興奮が迫り来る。俺は堪らなくなって、そのまま足の付け根や臀部のふっくらとした膨らみに唇を通わせた。彼は、「だめ」とか「嫌」とか、反抗の言葉をぽろぽろと零したが、簡単に押し戻せてしまうくらいの抵抗しかしないので、俺はそれならといわんばかりに、必死に隠そうとした小さな穴に、ねっとりと舌を這わせてみた。

「‥ぁ‥っ‥や、だ‥、ぁ‥」

 甘い声が、更に一層に艶やかな色を帯びて鼓膜をじんと刺激する。ローションでとろとろに乱れ始めていたそこは、更に自分の唾液と混ざりあい、妖艶な肉感を見せつけてきた。愛しい人の、誰にも見せない場所だと思うと、胸の奥から甘美な気持ちが溢れてやまない。
 握った手が何度ももつれ、手の平にすがりつくように指先が絡みついてくる。気持ちよさと恥ずかしさでいっぱいになった彼の様子が嬉しくて、俺はいよいよ、彼の中へ指先を忍び込ませる。優しく丁寧に、ゆっくりと奥へ進めつつ、少しだけかき回すような動作で、1本、2本、3本と指を増やしていった。

「‥ん、ぁ‥」

 違和感がなくなるまで、じっくりほぐしていくと、苦しそうな声色がだんだんと色を帯びていく。馴染んできたそこはとても温かく、抵抗をやめて素直に馴染んでいく。彼の内側が指の形を覚えていくのが分かった。

「優一さんのここ、段々吸い付いてきたよ‥」

「‥そんな‥‥ ぁ‥」

 身体をいやいやという様子で震わせながら、それでも自分に欲望をさらけ出してくる姿があまりにも色っぽい。顔を真っ赤にしながら、でも確実に心地良くなっていく表情。俺は指を抜きとり、彼の柔らかくなった秘部に、すっかり立ち上がってしまっている己の性器そっとあてがった。

「入れるよ‥」

 そう告げると、緊張した面持ちで彼はシーツに顔を埋めてしまう。きつく握られたシーツから彼の身体が強ばっているのが伝わってくる。俺はそんな様子に少し心を痛めつつ、ゆっくりと腰を沈めていく。

「‥っう‥ぁ‥ ‥っ」

「力、抜いて‥」

 一応柔らかくなってきたものの、受け入れるために用意されていないそこは浸入を拒んでくる。
しかし、入口にぬるりと入り込んでからは、たっぷりとほぐしたかいもあったのか、段々と、粘膜と温度の心地良い世界へ、ぬるぬると俺自身を取り込んでいく。

「‥! 優、い‥ち‥っ!‥」

 ねっとりと取り込まれていく感触。その気持ちよさに、俺はうっかり果ててしまいそうになる。駆け上がってくる圧倒的な快感に襲われたが、なんとか持ちこたえる。変に動くと一瞬で理性を手放してしまいそうだった。自分のやわすぎる感度を少し呪いながら、とにかく必死で冷静さにすがりつく。

「‥‥亮‥きもちいい‥の?」

「‥っ、すごい‥気持ちいい‥‥っ」

 正直にそう応えると、目の前の愛しくてたまらない人が、少し困ったような優しい微笑みを浮かべた。きつくまとわりついてくる内側の熱と、柔らかく動物的な肉の感触に、自分の感覚を全て持っていかれそうになる。俺はたまらなくなって彼の全身を抱きしめた。

「‥あ、俺‥すぐ、イッちゃいそう‥どう、しよ‥‥っ‥‥」

 恥ずかしいくらい余裕のない声で彼の身体にすがってしまう。
すると彼は、子犬をあやすかのように髪を撫でながら

「‥ん、いいよ‥‥‥」

 そう耳元で諭した。
その声に、必死で抑えようとしていた理性が無残にも弾けていく。俺はどうしようもない気持ちで、腰をくねらせ、乱暴にわななく中心を動かす。優しく、痛くないように、あせらず・・・と思っているのに、たまらない気持ちよさに、身体が乱雑に動いてしまう。

「‥っん、は、‥ぁ‥‥優一‥さ‥いっちゃう‥‥」

 ぐちゅ、ぐちゅと、はしたない水音が部屋に響き渡る。俺は快楽に身を委ねながら強く強く彼の身体を抱きしめた。彼もぎゅっと背中に腕を回し、優しく抱きしめてくれているのが分かった。
 そして俺は、そのままあっけなく彼の内側で果ててしまった。

「‥‥‥‥はあ、ご、め‥また俺‥‥」

「‥ううん、いいよ‥‥」

 そう言いながら、背中を優しくぽんぽんと叩いてくれた。

 ぼんやりとした意識のまま横たわっていると、窓から流れ込んでくる夕方の空気が、さらりと俺の頬を撫でた。それは、もうすぐやってくる夏休みに浮かれた子ども達の笑い声と溶け合って優しかった。そんな穏やかな夏の気配を感じると、俺たちは何か悪いことをしているような背徳感でいっぱいになってくる。目の前で静かに横たわる煉瓦色の髪は、汗でしっとりと濡れていて、俺はそれを指先で掻き分けた。すると、ふわりと、熱に浮かされたままの色っぽい表情が俺のことを見つめてきた。

「‥‥優一、さん‥‥‥?」

 物欲しげにも見えるその表情に戸惑う。そして、ふと、俺だけが果ててしまい、彼はまだ達していないことを思い出した。彼はのぼりかけた熱を抱えたまま、更なる刺激を待っているのだろうか。自分からは何も話さない恋人に、俺は確信が持てなくて、だからこそ彼のことをしっかりと知りたくて、果てて微睡んでいた身体をもう一度たたき起こした。

「‥ぁ‥‥、俺‥このまま、もう一回できそ‥‥」

「‥‥え、‥‥‥あはは、さすがだね‥‥」

 少し驚いたような表情を一瞬見せたが、彼はいつもの調子で優しく笑ってくれた。彼を見つめながらゆるゆると腰を動かすと、あっけなく硬さを取り戻す。
 一度放った欲望が、ぬるぬると内側を更に柔らかく、滑らかに解していく。先ほどよりいくらか冷静になったので、今度こそ彼を気持ち良くしてあげられるかもしれない。たっぷりと液が混ざりあい、とろとろにとろけたそこからはもう抵抗感を感じない。俺は彼の表情や息づかいをしっかりと確かめながら、腰をぐるぐると回すように動かしたり、時には少し強く突き上げたりしながら快楽を探っていく。

「‥ね、優一さん‥きもちいい?」

「‥‥ん‥ぅ、ん‥‥っ‥」

 俺はまだ、自分が与える快楽が相手の欲求に応えられているのか確信を持てなかった。彼の表情が段々と熱にさいなまれていくようには見えたが、不安になり、何度も様子をうかがってしまう。

「ね、優一さん‥‥」

「‥‥ん、きもち‥‥い、よ‥‥」

「本当‥? 痛くない?」

「‥‥大丈夫‥」

 ふと、彼がきつく閉ざしていた瞼を上げて俺を見つめた。視線が交錯したものの、そこに映る感情や感覚がよく分からなくて、俺はただじっと見つめ返すことしかできなかった。すると、彼はシーツを掴んでいた指先を俺の肩へそっと延ばしてきた。

「‥‥亮、きて‥」

 そう小さく呟くと身体をぐっと抱き寄せ、そのまま包み込むように唇にキスをした。
強く、強く、抱きしめられ、優しく包まれ、俺は不安だった心が少しずつ快楽と安心へ、まどろみ溶けていくのを感じる。

「‥亮、大丈夫。…きもちいいよ」

 温かいキスの合間にそっと彼は呟いた。

 ああ、どうしてこの人は、俺が抱えた不安を溶かしてくれるのだろう。俺が欲しいものを何でも知っているかのように、いつも優しく与えてくれる。俺が前へ突き進む時はそっと後ろから見守り、後ろを向くと前から静かに腕をひいてくれる。そんな優しさに気がついた時、いつのまにか彼のことばかり考えるようになっていた。

「‥優一さん‥‥おれ‥」

 優しく抱き締められた心地がたまらなくて、胸の奥でいっぱいになっていた気持ちがこぼれてきてしまう。

「‥‥俺‥‥好き‥‥‥‥」

ぎゅ、と抱きしめながら声を絞り出した。

「‥好き、だから‥‥」

 身体にすがりつきながら、あふれ出てきてしまう気持ちを吐露する。
 何度も伝えた好きの思い。何度伝えても足りない。大好きだからこそ、もっともっと彼を喜ばせてあげたい。気持ちよくさせてあげたい。もっと愛したい。強い思いが溢れて出てしまい、恥ずかしくて顔をあげることができなかった。

「僕も、大好きだよ‥‥」

そんな。
そんな言葉ひとつが、たまらなく愛おしくて。
溢れ出した気持ちをぶつけるように、抱きしめ、何度も何度も唇を重ねた。

 何度も俺を、暗闇から救い上げてくれた優しい言葉。それを紡ぐ唇が、言葉にならない甘い声を漏らしている。その色っぽい声色がたまらなくて、俺は何度も何度も腰を打ち付けてしまう。
持て余すほどの情欲とこの思いを、俺は一体どこへ運べばいいのだろうか。
水辺に流れる砂地のように、さらさらと引き込まれていく感覚に戸惑いながら、自分の知らなかった感情に翻弄される。

「‥‥ぁ、ん、‥‥あ、あ‥‥‥っ‥‥」

すがりつく腕。彼が見せる純粋な欲望に応えたくて、俺は身体をしっかりと抱きしめる。

「‥ぁ‥は、‥りょ、う‥‥っ‥‥も、う…」

 一段と甘い吐息を漏らしながら、彼の身体がぴくりぴくりと跳ねる。
指先にとろりと、温かくて柔らかい感触が伝わり、彼が果てたということが分かった。
その事実を受け止めると頭の中が真っ白になるくらい嬉しくて、俺もそのまま熱を解き放った。

 
 
 
 
 
 
 
 

Ep.

 
 
 
 
 
 
 
 

 汗とか体液とか、とにかく色々なものでぐちゃぐちゃになった自分の寝具を眺めて、俺は頭を抱えた。
洗濯すればいいのだろうけどこれは母親に見られたら色々まずい。とりあえずシーツを手で乱雑に洗い、部屋のベランダに干してから家を出た。べたべたになった身体はシャワーで洗い流したので、一応すっきりした気分ではあったのだが、夕方の涼しい風に当たってもまだ頭がぼーっとする。
 街並を眺めながら、ただなんとなく歩いていると、どこからともなく夕飯の支度をしている音や、下ごしらえする茹でた夏野菜の香りなんかが漂ってきて、先ほどの情事とのギャップに何とも言えない背徳感のようなもの感じた。

 夕方の空気は、否応なしに寂しい気持ちを助長する。
もうすぐ彼と離れないといけないと思うと、とてもじゃないが耐えがたい気持ちになってくる。

「そういえば、明日帰るんだっけ?」

 少し後ろをゆっくりと歩く彼を振り返り、なるべく平静さを装いながら尋ねてみる。
まだ帰って欲しくない、というかずっとずっと一緒にいたい。またThe Worldで会えるのは分かっていたが、彼自身ともっと一緒にいたかった。

「明日までいるよ。帰るのは明後日」

「え、明後日? あ、じゃあ、えっと‥でも、明日も仕事あるよね?」

「ううん。仕事は終わったよ。明日は1日空いてる」

 その言葉に、心のもやもやが一瞬にして晴れ渡る。明日も会えると思うだけで、こんなにも嬉しいなんて!
でもきっと明日の帰りには、今日みたいに寂しい気持ちになるのだろう。でも、それはまたその時に考えればいい。

「じゃあさ、明日も、会いたい‥!」

 できるだけ、いつでもクールでいたいって思っているのに、この人と一緒にいると最近全然駄目な気がする。
満面の笑顔で「会いたい」だなんて、死の恐怖の威厳はどこへ置いてきてしまったのだろうか。

「僕はそのつもりで来たんだよ」

 ふふと嬉しそうに笑うから、俺はたまらなくなって思わず馬鹿みたいに抱きついてしまった。
触れた時、少しだけ汗ばんだ肌の匂いと、夏の夕方の匂いが混ざり合って、とても心地良かった。

 明日はどんな日にしようか。
わくわくした気持ちを抱えながら、俺は大好きな人を、背伸びをしながらぎゅっと抱きしめた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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