同僚、シーザー・A・コッポラは魅力的な男だ。
つい1ヶ月前にこのレストランの営業部に入社したイタリア人で、兎に角なんと言ったらいいのだろう、底抜けに魅力的なんだ。元々大手ファイナンシャル企業で働いていたという経歴が買われ、このレストランの経営・営業・会計を跨ぐ大役に抜擢された。その華々しいポジションだけでも前代未聞で話題になったが、何よりもその風貌が凄かった。男の俺が見ても惚れ惚れするくらい華やかで美しい顔立ち。スーツの仕立てはもちろん、さりげない仕草ひとつ取っても洗練されている。なぜこんな異次元の男がこんなしがないレストランで働き始めたのかと、誰もが野暮な噂に噂を重ねたが、シーザーが心から料理を愛する男だと分かると噂はもっぱら彼の魅力の話となった。しかし残念なことに、彼の薬指にはシンプルなシルバーリングがきらめいている。一体どんな彼女なのかと、これまた噂が噂を呼んだが、彼はほとんどパートナーのことを口にしない。その身持ちの固い振舞いもちょっとミステリアスと評判だ。
そして幸か不幸か、俺は今、あのシーザーと二人きりでランチをしている。よーく聞け。あのシーザーと、二人きりで、だ。ランチタイムに偶然レストランの裏口で居合わせ、あのシーザーから声をかけられたのだ。
「君、確かワイン部門の人だよね?」
「え!俺ですか? はい。ワイン部門でソムリエをやってます。まだ見習いですけど……」
「やっぱり!せっかくだからランチを一緒にどうだい?ワインのことで少し聞きたいことがあるんだ。あ、でも休憩時間に仕事の話はよくないか……」
「いえ!ぜひご一緒させてください」
「ありがとう。そんな固くならなくていいよ。俺はシーザー。君は?」
ああ、あのシーザーに声をかけられてしまった!おお、俺はこの日ばかりはソムリエであることを誇りに思おう!そして偶然にも、あの日あの時間あの場所にシーザーという男を歩かせてくれた神よ!ああ、神よ!俺は神に感謝しよう!
それから俺たちは近くのホールフーズまで足を運び、サンドイッチとコーヒー、グリーンサラダを買ってブライアント・パークのベンチに腰を下ろした。俺はかなり緊張していたが、シーザーはフランクに接してくれた。にこやかな笑顔を終始絶やさず、他愛ないお喋りをする彼を俺はもっと好きになった。会話の内容はほとんど料理やワインのことで、同業者としては非常に話しやすい内容だった。でも、少しはプライベートのことを聞いてもいいのだろうか。初対面(厳密には一方的に知っている)相手に、あまり突っ込んだ質問をするのは良くないかもしれないが……。
「ワインのこと、色々と聞けて助かったよ。ありがとう」
「あ、いえ。俺の方こそ。まだ見習いだから知らないことも多くて…」
「全然だよ!おかげさまでいい誕生日プレゼントになりそうだ」
俺は思わずシーザーの言葉を反芻した。誕生日と言ったな?これはチャンスだ!シーザーのプライベートに踏み込む絶好のチャンス!神がくれたチャンスに違いない!
「誕生日?」
「あ、うん。そうなんだ。実はパートーナーの誕生日がもうすぐで……」
なんてこった!まさか自らパートナーのことを口にするとは!シーザーは少し照れくさそうな様子で微笑んでいる。ああなんて素敵な表情だろう。この様子ならもう少し突っ込んで話をしても大丈夫だろう。
「そうなんですね。プレゼントにワインを?」
「うん。アイツにとびきり美味いパルミジャーナを作ろうと思ってさ。それに合うワインを探してたんだ」
彼女の誕生日に手料理を振る舞うシーザー・A・コッポラ。これは衝撃的で素晴らしい一面ではないか。シーザーは可愛い彼女のために、誕生日にパルミジャーナを作る。ああなんて幸せな彼女だろう。心底羨ましい。
「素敵ですね。彼女さんとは長いんですか?」
その質問にシーザーは一瞬目を丸くしたが、すぐに綺麗な笑顔を浮かべた。
「いや、わりと最近付き合い始めたんだ。一緒に暮らしてる」
シーザーは嬉しそうに微笑んだ。
「いいなぁ……」
「君はフリーなの?」
俺の羨望の先は恋人のいるシーザーではなく、むしろシーザーの彼女の方であったが、俺は質問に合わせることにした。
「はい。いつでも可愛い彼女を募集中です」
「どんな子がタイプ?」
俺は今、あのシーザーと恋愛の話をしている。みんなよく聞け。俺はシーザーと恋バナをしているぞ。
「そ、そうですねぇ。可愛い子ならみんなウェルカムですけど。シーザーさんは?」
「……そうだな。ちょっと抜けてる子なんかは可愛いよね。うん。凄く可愛い。よく食べる子も可愛いと思う。あと俺はブルネットがタイプなんだ」
これはおそらく、彼女のことだろう。意外と饒舌に彼女の話をするシーザーに俺はちょっと驚いたが、それだけ惚れこんでいるということだろう。黒髪でちょっと抜けているけどご飯をたくさん食べる、とっても可愛い彼女。
「世話が焼けるというか、一人にするのが心配なんだ。アイツ、外食ばかりするし……」
「可愛いらしいじゃないですか」
「……そうだな。可愛いな……」
照れ臭そうにはにかむシーザー。その表情に俺はノックダウンしそうになった。あのシーザーがこんな少女みたいな顔をするなんて!彼を心底惚れこませる女とは一体何者だろうと、俺は興味津々になった。
「どこで知り合ったんですか?」
「ああ……それは……どこだったかな。でも、このブライアントパークは俺たちのお気に入りなんだ。付き合う前から何度もここでランチをしてる」
「そうなんですね」
「そう。だから今日も。あ、来た」
「え!?」
おお神よ!皆が知りたくて仕方なかった噂の彼女のご登場だ!俺はラッキー過ぎて運を使い果たしてしまったかもしれない。
「あーーー!誰だよそいつ!!」
振り返るとほぼ同時。馬鹿でかい男の声が鼓膜をビリビリと震わせる。一体誰だこの品のない男は。
「コラ!失礼だろ!職場の同僚だぞ!」
「え!シーザーの同僚?」
2メートル近い体軀の大男が俺を指さしている。なんだこの熊みたいな生き物は。
「え?えっと……?」
俺が狼狽していると、シーザーはすぐに男の自己紹介を始めた。
「彼はジョセフ。ジョセフ・ジョーンズ。この近くで不動産ビジネスをしている。彼は特にマンハッタンエリアの投資物件を取り扱うエージェントで……」
シーザーが紹介すると、その大男はキリッと表情を変えて品のある会釈をした。
「……失礼しました。ジョセフ・ジョーンズです。いつもシーザーがお世話になっています」
「うぇ!? あ、いえ、こちらこそ!」
俺は何が何だか分からないまま慌てて挨拶をする。シーザーの彼女はどこへ行った? この男のせいでせっかくのご対面が台無しじゃないか!
「彼はソムリエなんだ。色々ワインのことを教えて貰った。今度いいワインを買って帰るよ」
「へぇ。それは楽しみだな」
二人は親し気な様子で話をしている。ワインを買って帰るだって?
「あ、そろそろ時間だね。相談に乗ってくれてありがとう。ぜひまた食事でもしよう」
シーザーが感じのよい笑顔を浮かべると、隣にいた男もにっこりと微笑んだ。さっき子どもみたいな大声を上げていたような気がしたが、気のせいだったのだろうか。
こうして俺たちは挨拶をして別れた。背の高い紳士たちが五番街のストリートへと消えていく。ぼんやりと二人の背中を見送っていると、男がシーザーの肩に手を回すのが見えた。
「可愛い……? だって…? 何が? どういうこと?」
俺は一人で呆然とする。
そしてこの事実はひとまず、自分だけの秘密にしておこうとそっと胸に誓った。