「この駅ですか?」
「もう少し先だ」
「……なんだか、同じような駅ばっかりですね」
「まぁそう言うな。もう少しさ」
そんな他愛のない会話が途切れると、列車が高らかな汽笛を鳴らした。車窓からの風景はごちゃごちゃした茶色い街並みから、緑の生い茂る田園風景へと移り変わっていく。ただただ広大な大地が世界を持て余しているだけのつまらない風景だった。緑の芝生がずっと続く平原の真ん中に、四角い箱をただ引き伸ばしたような家が、点々と建っている。全ての建物が地面を這うように低い。床面積を贅沢にたっぷり使ってもまだまだ大地がずっと果てまで続いている。きっといくら買ってもまだまだ土地が余っているものだから、すっかり贅沢な気持ちになってしまうのかもしれない。こんなに広大だと分かっていても、どこかを所有し、自分のものだと主張しないといられないくらい人間は欲深い生き物なのだろう。全くもって人の欲望ってやつは意地汚い。
ヨシュアはぶつくさと考えていたが、いよいよ特に考えることもなくなり、少し退屈になる。そんな退屈な風景を眺めているうちに、車内の人の数はまだらになり、地図の真ん中に着く頃にはほとんど誰もいなくなってしまった。
大きな欠伸をひとつ、ヨシュアが再び窓の外を見ると、そこには太陽を抱きしめるような大きな海が広がっていた。
「あ! ジョースターさん! 見てください! 海ですよ!」
Voyage -Day 1
列車から飛び降りると、そこには観光客を待ち伏せするタクシーが何台か、暇そうな顔を浮かべて停まっていた。運転手は背の低いラテン系の男達。まるで子どもみたいに小さな体躯の彼らはおそらく中南米からの移民だ。ジョセフは適当な男を掴まえて港まで行くよう伝える。しかし男は二人をぐるりと見るなり、「港まで20ドル*だ」と言った。
「20ドル? それは高すぎじゃないか? あそこに見える港までだぞ」
ジョセフは指を差して交渉するものの、だったら歩けと強気の態度だ。男はその小さな体に負けじと修羅場をくぐり抜けてきた貫禄があった。するとジョセフは、ちょっと悪い笑みを浮かべてヨシュアを見た。
「ちょうどいい。今からレッスンだ。俺があいつに波紋を使うからよく観察してるんだぞ」
「え?」
ジョセフはその男の前に立つなり、気さくな様子で肩を叩いた。
「あそこの港までここから2キロもないだろ? 2キロだといくらだっけ?」
ジョセフが話かけると同時に、肩に置いた指先がパチパチと光を放った。おそらく波紋の光だ。
「2キロなら、2ドルだな」
「そうか、2ドルか」
ジョセフはそっと男から手を離した。男はハッとした顔を浮かべて叫んだ。
「違う! 2ドルは昔の料金で……」
「じゃあ3ドルでいいよ。乗せろ」
ジョセフが男をじろりと睨む。その高身長と圧倒的な体格に見下ろされ、男はひるんだ。まだ何か言い訳をしたそうな苛立ちを見せたが、結局すごすごと運転席に入っていった。
「す、凄い。今のも波紋ですか?」
「うん。俺はあれくらいしか出来ないけどね。もっと強い波紋使いは人の意識をコントロールしたりもできる。俺はせいぜい思ってることを話させるだけだから、ちょっとコツがいるんだ」
二人はタクシーのトランクに荷物を積んで後部座席に座った。
「……波紋の使い方は色々さ。悪いことにだって使える。だからこそ使う人間の器が試されるんだ」
ジョセフは落ち着いた口調で言った。
「ヨシュア。今からアイツにした事と同じことをするから、弾いてごらん」
「弾く?」
「とりあえず、波紋を拒絶すればいい」
ジョセフはヨシュアの手を取り、ゆっくと波紋を通わせた。その感覚を追いかけると、ジョセフの波紋が自分の意識の隙間にそろりと忍び込むような感覚があり、ヨシュアは思わずそれを突き放すように拒絶した。
「そう。それが弾く波紋だ。波紋にはプラスとマイナスの力がある。まぁこの続きは着いてから教えるよ」
ジョセフはそっとヨシュアの手を離した。
車を降りると、そこは閑静な船着き場だった。看板だけはちょっと楽しい雰囲気を出そうとしたのか、カラフルなフォントで描かれていたが、それ以外は貧相で雑然としている。
海岸沿いには赤いオギの群生がわさわさと生い茂っていて、フェリーの前では赤黒く焼けた肌の男がぼんやりと海を眺めていた。足元にはサーフボードがあって、随分と海になれた雰囲気だった。
二人は片道のチケットを買い、停泊していたフェリーに乗り込んだ。トラック2つ分くらいのわりと小さなフェリーには、避暑に来たであろう若い貴婦人とその夫のペアが1組と、初老のサーファーしか乗っていなかった。ヨシュアたちは甲板にある海側の席に腰を下ろした。しばらくすると赤黒く焼けた先ほどのサーファーらしき男が現れて、座っていた初老のサーファーに声をかけた。二人は親し気な様子だった。きっとこの船にはもう何度も乗っているに違いない。
船が港を出ると、テトラポットでびしょ濡れになっているサギの群れが見えた。なぜ彼らはそんな場所で鈴なりに身を寄せ合っているのだろうか。まるで見送りにでも来てるみたいに、ただじっと船を見つめていた。
フェリーは見た目に反して、エンジン音が象のいびきのようにうるさい。大きすぎるモーターのせいなのか、容赦のない振動でお尻がガクガクと震えて痛い。海を渡る船はあんなにも優雅なのに、実際は結構ワイルドなんだなとヨシュアは思った。
進み行く船から後ろを振り返ると、船着き場はあっという間に小さくなり、生クリームを泡立てたみたいな白い波が、船の尻尾みたいになびいていた。
「きゃっ」
突然、貴婦人が小さな悲鳴を上げたかと思うと、白い帽子が風で吹き飛んだ。真っ赤な巻き毛が青い空一面にはためく。
「ああ、帽子が……」
彼女は思わず立ちあがり、青空を泳ぐ白い帽子を眺めた。彼女はしばらくの間、少し寂しそうな顔をしていたが、またすぐに笑って海を眺め始めた。
ヨシュアにとって全てが新鮮だった。目に映る風景ひとつひとつが身体の中に染み込んでくるような気がする。
気がつけば辺り一面が海になった。世界には水平線しか見えなかった。青い空と青い海の間に綺麗な一本線だけが広がる世界。ヨシュアは世界の真ん中に取り残されたような気がして、少しだけ寂しくなった。でも、すぐ隣を見上げればジョセフがいる。じっと見つめれば、その綺麗な瞳で見つめ返してくれる。もう全然寂しくなんてなかった。
そんな一瞬を過ぎると、向かいから島のライン見えてくる。水平線に沿ってどこまでも続く細長い島。それはみるみる大きくなって、港を示す旗が見えてきた。島を取り巻く水面を太陽がキラキラと反射している。キラキラと、まるで星が泳いでいるみたいに。
船が停まると、乗客たちは興奮に満ちた顔で下りて行った。そこは木で作られた簡素な港だった。郵便局と消防署、小さな売店と、バーが1件。少し奥にレストランなのかテラス席のある家が建っている。しかし店が開いている気配はなかった。
「地図の通り、向こうまでずぅっと海岸ですね」
「ああ。向こうの先に灯台があって、その下が別荘地みたいだ。あっちにはサンケットフォレトという静かな森があるらしい」
ジョセフが指を差しながら、ほとんど何もない景色を解説した。二人は港町を抜け、ボードウォークを北へ10分ほど歩いた。碁盤の目のようなボードウォークのストリートから小道に入り、熱帯雨林の生い茂る先に青い屋根の小さなコテージが見えてくる。ジョセフはその建物の前でヨシュアを振り返った。
「これが俺たちの “秘密基地” だ」
それはまるで隠れ家のような小さな平屋のコテージで、庭先ではしぼんだ朝顔の花が遠くの空を見つめていた。
「わ!本当だ!秘密基地だ!」
ヨシュアは思わず走り出した。表門をくぐり抜けそのまま裏庭へ続く木製のロッジを通り抜けると、古い木の床がキシキシと音をたてる。ロッジの先には小さな砂浜の庭があり、更にその先には青い海が広がっていた。
「海だ! 海が見える!」
ヨシュアが歓声を上げると、ジョセフは満更でもない顔を浮かべた。
「気に入った?」
「はい!こんな素敵な場所は初めてです!」
ジョセフはコテージの窓やドアを開放しながら、ヨシュアの笑顔と海を眺めた。
「それは良かった。中はだいぶカビ臭いから、少し掃除しないと。それに冷蔵庫も空っぽだ」
「全然やりますよ!」
ヨシュアは庭のポーチから部屋に上がって荷物を放り投げた。コテージの室内はグリニッチビレッジの部屋とそう変わりないサイズだったが、大きなベッドが一つ、木でできた簡素なテーブルと鏡台、壁には抽象絵画が飾られていた。その部屋はそのままキッチンが繋がっており、木製のカウンターテーブルの上には空になった花瓶がひとつ置かれていた。
「こっちにも部屋があるんですか?」
すぐ隣にも、ベッドと小さなテーブルだけがある簡素な部屋があった。
「修行とはいえ、四六時中するわけでもないし、勉強部屋はあった方がいいだろ?」
「じゃあこっちの部屋、俺の部屋ですか?」
ジョセフが頷くと、ヨシュアは目を輝かせてベッドに飛び込んだ。
「ありがとうございます!」
二人は適当に荷ほどきをしてから、部屋中を布巾で掃除して回った。長い間放置されていた家は、どうやらジョースター家の別荘の1つらしい。”ジョースター家” というのが、必ずしもジョセフ個人の所有物というわけでもないらしく、この別荘に来るのは彼も初めてだそうだ。もう誰も長いこと使っておらず、あちこちがだいぶ傷んではいたが、意外と小綺麗だった。一通りの掃除を終えた二人はその足で近くの小売店まで足を運んだ。白い砂浜を横目にボードウォークを歩くと、海岸で先ほどの日焼けたサーファーが日光浴をしていた。隣には別の男がいて、それ以外誰もいなかった。ニューヨークの人混みとは対照的過ぎる長閑な風景に、ヨシュアは思わず見入った。
二人は適当に今夜と明日の食料と日用品を買い込み、再び家へ戻った。
「俺、夏休みらしいことほとんど出来てなかったので、こういうのすごく嬉しいです!」
「でも遊びに来たんじゃないぞ。一応修行だからな」
「もちろん分かってます!」
「一息ついたら早速始めるぞ」
ヨシュアはすっかり夏のバカンス気分だったが、ジョセフの修行が始まると一気に気が引き締まる。
初めのトレーニングは、先日カフェで見せたグラスの内側に水を留まらせるものだった。短い時間とはいえ一度は成功させていたヨシュアは、簡単にこなせるだろうと高を括ったが、それをまずは20分間維持するのが今日のトレーニングの課題だった。
「……ジョースターさん、これ、無理ですよ。そんな長い時間も続かないです……」
何度か挑戦しているものの、ヨシュアには1分が限界だった。ジョセフはそうしている間にもヨシュアを指導しながらなんともない顔で水を留め続けている。
「なるほどな。ヨシュアはたぶん、波紋の呼吸が上手くできていないんだ」
「波紋の呼吸?」
「そうだ。まずは呼吸だ。ヨシュアは器用だから波紋をコントロールするのは上手いし、既にコツを掴んでいるようだが、肝心の呼吸が出来ていない。普通の呼吸と、波紋の呼吸。この呼吸の違いを理解し、自然と波紋の呼吸が出来るようになるのが課題だ」
ジョセフはヨシュアの波紋の状態を見極めながら真剣な表情で語った。
「……波紋の呼吸って、どういう呼吸ですか?」
「そうだなぁ。言葉で説明するのは難しいんだが……」
ジョセフはしばらく考えた後、目を泳がせた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……」
「そんなに難しいんですか?」
「違う。そういうわけじゃないんだが……」
ジョセフは口ごもりながら、ひとまず自分の呼吸に集中するように言った。ヨシュアは首をかしげたが、言われた通りもう一度グラスに水を汲んで呼吸に集中した。そんなヨシュアの波紋を見守りながら、ジョセフはぽろりと言葉をこぼした。
「……まぁ、なんだ…… キスをしてる時は上手く出来てたな、と思って……」
ジョセフが明後日の方に視線を泳がせた瞬間、ヨシュアは顔から火を吹いた。それと同時に、手元のグラスがものの見事に弾け飛んだ。
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辺りはいつのまにか夕焼け色に染まり始めていた。ヨシュアが10分ほどグラスに水を留められるようになったところで、ひとまず1日目の修行は終了となった。しかしヨシュアはいまいち波紋の呼吸というものが何なのか分からぬまま、自分の呼吸に集中するだけの時間になってしまった。
「少しずつやっていけば、段々と感覚が分かってくるさ。焦る必要はない」
「でも……」
「俺なんか初めはグラスに留めることすら出来なかったんだ。上出来だよ」
ジョセフに褒められるのは正直嬉しかったが、ヨシュアはいまいち納得がいかない顔でじっとグラスを見つめた。
「今日はもう仕舞にして夕食でも食べよう。ちなみに夜は俺の大嫌いな座学だ」
「座学?」
「正直、俺が教えるより自分で勉強した方が早いかもな。ヨシュアって勉強得意そうだし」
ジョセフはヨシュアの前に一冊の本を差し出した。
「波紋とは何なのか。その理屈とか歴史とか色々書いてある。俺は読んでも全然分からなかったけど、シーザーはよく読んでた」
ヨシュアはその本を受け取り、適当なページを開いてみた。そこには仙道や不老長寿に関する話、波紋法が体系化されるまでの歴史なんかがびっしりと書かれていた。
「す、凄い! これ、借りていいんですか?」
「うん。時間がある時に読んでみて」
ジョセフはそう言うなり、キッチンへと足を向けた。
ヨシュアはひとまずその本を勉強部屋に置いてからシャワーを浴びた。グラスと向き合うだけの静かな修行とはいえ、夏の日差しですっかり汗まみれになっていた身体を清めてから再び部屋に戻る。ジョセフは既にキッチンで何かを作り始めているようだった。しかしどうしてもその本が気になってしまったヨシュアは、ほんの数ページだけと思い、本を開く。
「ヨシュア?」
なかなか部屋から出てこないヨシュアを呼びに、ジョセフが部屋を覗いた。しかしヨシュアは真剣な眼差しで本を読み耽っていた。ジョセフはヨシュアの様子を見るなり、そのままそっとキッチンに戻り、一人で料理の準備を続けた。
「……ヨシュア。ご飯できたよ」
しばらくして、ジョセフがヨシュアに再び声をかける。ヨシュアはハッと我に返った。
「…え! もうそんな時間? す、すみません、つい夢中になっちゃって……」
「いいよ全然。むしろ興味を持ってくれて嬉しいよ」
本を閉じると、ふんわりと肉の焼けるいい香りがヨシュアの鼻をついた。本に集中していたせいか、料理の香りすら感じていなかったようだ。ヨシュアはキッチンのあるジョセフの部屋へ小走りで向かい、カウンターに並ぶ料理を見た。
「ハンバーガーですか?」
「ああ、ちょっと汚くなっちゃったんだけど……」
カウンターテーブルには、こんがりと焼けたひき肉と、レタス、トマト、アメリカンチーズを乗せたオープンバーガーが置かれていた。それはまさに男の手料理感溢れる大胆な見た目だったが、絶妙に食欲をそそる。
「ジョースターさんって料理上手なんですね!」
「いや、料理なんて全然したことなくて……」
ジョセフは珍しく気恥ずかしそうな様子だった。
「ありがとうございます! いただきます!」
ヨシュアはカウンターチェアに腰かけて、ハンバーガーにかぶりついた。
「ん!」
ヨシュアは口の中いっぱいに広がる、間違いなく “美味しい” 味わいに思わず声を上げた。
———— 表面が黒くなるまでこんがりと焼かれたハンバーグの中から、たっぷりと肉汁があふれ出し、それはまさに、ちょうどよいミディアムレアの仕上がり。新鮮なレタスとトマト、そして切りたてのチーズが層になって溶け合い、ソースはシンプルにケチャップだけだったが、逆にその素朴さが素材の味を引き立たせている。非常にフレッシュで優しい味は、店のハンバーガーにはない手作り感があり ――――
「うん! 凄く美味しいです!」
「ほ、本当に?」
しばらく真剣な顔で沈黙していたヨシュアの言葉に、ジョセフはほっとした顔を浮かべた。
「……実は初めて作ったんだ」
「そうなんですか? すごく美味しいですよ!なんだかとっても…… 優しい味がします」
ヨシュアが嬉しそうに微笑むと、ジョセフは照れ臭そうに笑った。
「でも明日は俺も手伝いますね。作らせちゃってすみません……」
改まって謝るヨシュアをジョセフは思わず見つめた。
「……ヨシュアは、本当にいい子だね」
その言葉にヨシュアは思わず顔を赤くした。
「べ、別に俺は…… あんまり子ども扱いしないでください」
二人は互いに顔を赤くしながら、ふわふわとくすぐったい空気をハンバーガーと一緒に飲みこんだ。ちょっと初々しくも甘酸っぱい味のするハンバーガーを、他愛のない話と一緒に味わった後、食後に適当な安ワインを一杯だけ飲み、一緒に食器を片付けた。そして一通りの家事が片付いた頃合いにヨシュアは自室へ戻り、再び本を開いた。
「何か聞きたいことがあったらいつでも聞いて。俺が答えられるか分からないけど」
「ありがとうございます。ジョースターさんは先に休んでてください」
夜の座学はジョセフに気を遣って自習することにした。なにせ朝一でマンハッタンを出発し、午後に到着。その後掃除をしたり買い出しをしたりと一日中動きっぱなしだった。さすがに夜遅くまでジョセフの世話になるのは気が引けてしまう。ヨシュアが夜の挨拶をするとジョセフはすぐに部屋から出て行った。
ヨシュアはようやくほっと一息つく。ぼんやりと天井を仰ぐと、開け放たれた窓の向こうから微かに波の音が聞こえた。海の方は真っ暗で何も見えなかったが、そこには何か大きな気配があった。
ヨシュアは波の音をバックサウンドにして、先ほどの続きを読み進める。
<永遠の若さを追求し、不老長寿を伝承する仙人道。人間の生命には「精・気・神」の三つの基本要素があります。大宇宙と小宇宙の真理が同じように、大宇宙に三道界があり小宇宙であり……>
「うーん。確かになんだかよく分からないなぁ……」
ヨシュアはより実践的な文章を探し始めた。しばらくページをめくると、実際の波紋使いの経験が書かれた記述を見つけた。
「そう。これこれ。こういうの!」
ヨシュアは今までの波紋使いたちの証言を読み始めた。そこには何人もの先代波紋使いの戦闘体験や修行から導き出された言葉たくさん記されていて、ヨシュアはその言葉を読みながら自分の知らない世界にも長い歴史があるということを深々と感じた。
「不老長寿かぁ…… だからジョースターさんは若いのかな」
しかしヨシュアの意識は早くも想像と夢の世界に混ざり合っていく。朝から夏の日差しを浴びすぎたのか、心地よい眠気が引いては寄せ引いては寄せ、まるで波のように漂ってくる。腕時計を見るとまだ夜の9時過ぎだった。
「うーん、もう少し……」
ヨシュアは眠気で落ちてくる目蓋を押し上げながら、本の文字を必死に追い続けた。
「……ヨシュア?」
小一時間ほど経った頃。ジョセフが様子を見に部屋を覗いた。しかしヨシュアは机ですっかり眠りに落ちてしまっていた。ジョセフはそっとヨシュアの傍に歩み寄って本に栞を挟む。
ジョセフはしばし迷ったあと、ヨシュアの身体を抱き上げ、細心の注意を払いながら優しくベッドに寝かせた。
「……おやすみ、ヨシュア」
柔らかな寝息をたてるヨシュアの髪を撫で、ジョセフは静かに部屋を後にした。
*20ドルは今のレートだと200ドル程度。日本円で3万くらい。これぞNY名物 “ぼったくり”