雨の日の金曜日 悪戯  Paz/Saito (SAC)

 いつになっても止まない雨。今年の梅雨はいつも以上に長い気がする。
義体と生身の境目がうずくこの季節は、あまり好きではない。

 今日は、珍しく同僚が飲みに誘ってくれたので、仕事終わりに彼のセーフハウス近くで待ち合わせることになっていた。
俺は身体の大半が生身のため、車で9課には向かわず電車を使って出勤している。帰りに酒が飲めないのだけは避けたかったからだ。そのため、このだらだらと降り続ける雨はどうにも煩わしく気持ち良くない。

 9課の仕事をさっさと片付け、定時にあがる準備をする。ロッカールームに置いたままにしていたビニール傘をさっと回収すると、同じロッカー室にいたイシカワがもの言いたげな顔でこちらを見てきたが、「お先に」と一言残し、見て見ぬ振りをして9課を後にした。

降り止まない雨。
ビルの前でやや気が滅入る。

「早かったな」

ふと、横から声をかけられる。
声の主は、今日飲みに誘った張本人ーーーーパズだった。

「なんでこんなところにいるんだ。非番だろ?」

「迎えにきてやった」

彼は、煙草をふかしながら静かに正面の道路脇を指さした。雨に濡れ、きらきらと光を反射する、一台の黒い外車が静かに佇んでいた。

「雨だから。俺が飲みたいだけだから」

彼は、どこを見るということもなく独り言のように呟いた。

 なんて言葉足らずな台詞だろう。
雨だから何なのか、お前が飲みたいから何なのか、最後まで語らない。相手に雰囲気だけ伝えるような妙な言葉の使い方をする。しかし、こういうところが意外と女にモテるのかもしれない。

「いや、ちょうど良かった。ありがとう」

 車に乗れるのであれば雨に濡れないで済むので正直ありがたかった。
俺は素直に感謝を伝えたが、彼は降り続ける雨の前で、俺の言葉なんて聞こえていないかのように、ぼんやりと煙草を咥えていた。

「そういえばパズ、傘は?」

傘どころか財布も何も持ってなさそうなほど身軽な彼の姿を俺は指摘する。

「傘? 傘は、ない。いらないだろ?」

まだ半分程残っている煙草をもみ消し、彼は雨の中、車に向かって颯爽と歩き出した。

「え?お、おい!待てよ!」

慌てて彼の腕を掴む。まさか義体には傘はいらないとか、紳士は傘をささないとか言いたいのだろうか?

「パズって、やっぱ変わってるよな・・・」

思わず本音を吐きながら、自分の持っていた傘を彼の肩越しで開いた。

「人が濡れてるのを見るのは好きじゃないんだ」

 俺はこの男の細い目を見つめながらそう言ってみた。
彼は少し驚いたような微笑んだような顔をした―――気がしたが、相変わらずのポーカーフェイスを保っていたので、何を思っているのかよく分からなかった。

「変わってるのは、お前の方だろ」

 パズは飽きれたような口調で、俺の手から傘を奪った。
拾い物のビニール傘は、男2人を雨から守るには少々小さいかもしれない。自分から傘をさしておいてこの窮屈な空間を歩くのは、ちょっと恥ずかしい気はしたが、でも、まぁ、すぐそこの車までだから気にしないでおこう。

今日はどんな酒が飲めるのかとても楽しみだ。

 
 
 
 
 
 
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まだ知り合って間もない頃とか。恋の始まりの予感?
 
 
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