もしあの頃に出会っていたとしたら Saito/Togusa

 
 
 

「サイトーって学生の時どんな感じだったの?」

 そんな素朴な疑問をサイトーに投げかけたのが、今回の事件の始まりだった。
ただのしがない学生だったと言うサイトーの言葉がどうにも信じられず、また、無性にサイトーの若い頃が気になってしまった俺は、裏ルートから”高校生設定の疑似記憶”装置を仕入れ、サイトーの前に突きつけた。お前は馬鹿だとか、愚か者だとか文句をぶつけるサイトーだったが、俺が今生の願いだと必死で懇願すると、サイトーもしぶしぶ承諾してくれた。

俺とサイトーは、少々怪しげな疑似記憶装置にダイブし、少しの時間、学生時代を味わうことになったのだ。

 
 
 
 
 
 
 
 

もしあの頃に出会っていたとしたら

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 寝入りばなに金縛りに合う感覚に似ていると、ダイブするたびに俺は思う。
身体は全く動かないのに、やたら意識だけははっきりしている。感覚が遠のくような、逆に鋭敏になるような不思議な感覚。そんな宙に浮くような感覚に包まれていると、視界がふと別の世界へ切り替わる。
眩しく、燃えるような朱の色が飛び込んできて、遠くから人の息づく声や生活のざわめく音が響いてくる。夕時の安心感に包まれる、どことなく懐かしい空気。そこは、どこかは分からない、殺風景な屋上だった。

「なんだよ、随分良く出来た疑似記憶じゃないか・・・」

「全くだな」

 聞き覚えのある声が、ため息まじりに聞こえる。
後ろを振り向くと、そこには黒い学生服に身を包んだサイトーの姿があった。

「わ!学ラン!!」

「お前もな」

自分も同じ黒い学ランを身に纏い、きれいに磨かれた茶色い革靴を履いていた。

「わー!凄い!!サイトーすごい似合う!」

 坊主頭にきちっとした学生服は、野球少年のようにも見える。少し若く見えるのは、記憶の設定なのか、それともサイトーのいつもと違うの服装のせいなのかは分からない。足下には律儀に、革の学生鞄とコンビニ袋が置かれていた。

「この記憶を作った奴は、センチメンタルでテンプレートな野郎だったんだろうな」

「凄いね。牛乳パックとあんぱんが入ってるよ!」

「こっちの鞄には、教科書とMDプレイヤーだ」

「MD?まじか・・・!」

 完全に忘れ去られた過去のメディアがそこにはあった。
この記憶の作成者は、90年代の記憶に固執しているような独特な感性の持ち主のようだ。俺もサイトーもそのメディアを使ったことはなかったが、実際に手に取ると、やたらとこの風景に似合うような気がした。

「ちょっと聞いてみようよ」

「変なウイルスとか入ってないだろうな・・・」

「たぶん、それはないと思うな」

「随分、信頼してるんだな」

 見た目は学生のくせに、相変わらずの冷めた物言いをするので、やっぱりここにいいるのはサイトーなんだなと思った。
俺はサイトーの小言を無視してプレイヤーを再生する。サイトーは牛乳パックを飲みながらてきとうな場所に腰を下ろして黄昏れはじめた。流れてくる音楽はノイズが多く、物質的な音が響く。昔は物が音を記憶していたんだということ感じずにはいられない、生々しい音だった。

「サイトー、この音楽知ってる?」

 片耳だけイヤホンを渡し、サイトーに音楽を聞かせる。サイトーは、知らないなぁ・・・と一言呟き、そのまま音楽に耳を委ねていた。
段々と朱色の世界が、すみれ色へと移ろっていく。ノイズまじりの知らない音楽と、どこにも知り合いのいない古い街のざわめきが、耳の奥へゆっくりと染み込んでいく。現実でも、こんな風にゆっくりサイトーと時間を過ごすことはなかなかなかったので、何だかとても不思議な感じがした。

「サイトーの学生時代ってこんな感じだったの?」

「そうだな・・・そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「何だよそれ」

「ただ、不思議と懐かしい」

 サイトーは、俺の背中にゆっくりもたれながら、優しく呟いた。
背中から感じる温度や重みはびっくりするくらいリアルで、俺は少しドキドキせずにはいられなかった。

「この記憶を作った奴は、センチメンタルでテンプレートな野郎だね!」

俺が苦し紛れに言った言葉を最後に、風景が静かに幕を閉じた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 目を開くと、そこにはダイブルームの天井がぼんやり浮いていた。
ゆっくり身体を起こすと、気怠そうなサイトーが俺を見つめていた。

「おはようサイトー」

「ああ、おはよう」

 まだ脳に記憶の余韻が残っている気がした。
ゴーストの深いところで何かざわめくような、不思議な気持ちだった。

「俺の学生時代を見た感想をどうぞ」

サイトーはちょっと不機嫌そうな顔をしながら挑発的な発言を俺に向ける。

「う、うーん。そうだな・・・可愛かった、かな」

 サイトーは目を見開いて少し怒ったような表情をしたが、次の瞬間にはため息をついて項垂れてしまった。
ポーカーフェイスだった彼が、日増しにそんな豊かな表情を見せてくれるようになっていくのが、俺は無性に嬉しいのだった。

「今度は、小学生とかにする?」

「いや、それは勘弁だ」

そう言いながら、少し楽しそうな顔をしたサイトーを俺は見逃さなかった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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コスプレリクで学ランサイトグ。なんかちょっとトグサイな気も…
仲が良い人には、結構饒舌だったり、表情豊かになりそうなサイトーさん。

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