今日はセーフハウスに珍しい客が来る。
とは言っても、そいつは毎日このセーフハウスに来ているらしいから、むしろ客なのは俺の方かもしれない。
大都市にしては珍しく、閑静な住宅街の一角にある小さな平屋の家。
ずっと使っている人間がおらず、撤去されそうになったところを引き取ったのだ。
主に武器や非常用の隠れ家として使うつもりだったが、
平屋の裏にある庭スペースが思いのほか広かったため、気休め程度に野菜を植えてみたのだった。
もちろん始めは、そんなにしょっちゅうひとつのセーフハウスに来るわけにも行かず、
また、住むには少し心許なかったため、野菜を育て上げ、収穫することはできなかった。
半年ほど経った頃には半ば諦め、無法地帯と化していた。
そんな矢先だった。その”珍しい客”が俺のセーフに来るようになったのはーーーーー
「サイトーさんこんにちは。」
まだ若い色の残る、聞き覚えのある声。
平屋の傾いた扉の前で、きれいな笑顔を浮かべた少年ーー”アオイ”は立っていた。
「ああ。早く入れ。さっさと収穫するぞ。」
「やっと収穫ですね!頑張ったかいがありました!」
彼と出会って間もなく、気まぐれで俺のこのセーフハウスに遊びにきた。
そして彼は、目を輝かせて野菜作りがしたいと言い出したのだ。
しかし、彼は驚くほど不器用で、野菜を切るどころか、土を耕すことも、きれいに植え付けすることもできなかった。
俺は見るに見かねて、「毎日、水やりをしてくれれば良い」とだけ伝え、他の一切はやらなくて良いことを示した。
それからというもの、どうやら彼は毎日水やりをしに来ていたらしい。
時々このセーフハウスに来ると、野菜の葉に水滴がついていた。
俺がセーフに来る時間は、ほとんど夜だったため、彼と会うことは一度もなかった。
俺は水を吸い、生命を輝かせようとする植物をむげにするわけにもいかず、ここに来るたびに葉や土の手入れをしたのだった。
それから数ヶ月。
梅雨が明け、虫の気配が強くなり始めた頃。
玄関先に「一緒に収穫しませんか?」と手紙が置いてあったのだ。
「今日は、空豆が収穫日和ですね」
「きゅうりは、明日には穫れる。こいつは一日で、もの凄くでかくなるからな」
「トマトはまだ青いですね」
「これも、急に赤くなるからな。あと2、3日ってところか」
「サイトーさんって野菜の顔を見るだけで、何でもわかっちゃうんですね」
凄いな、僕は野菜どころか人の顔を見ても何もわからないです、と気恥ずかしそうに笑った。
収穫を終えた俺らは、穫れたばかりの空豆の解体作業に入った。
相変わらず不器用な彼は、俺の手元をじっとみつめて、様子を伺っていた。
俺は、空豆の皮を剥くコツを彼に伝授し、穫れたての空豆をひとつひとつ取り出した。
「サイトーさんって、なんでも知ってるんですね。」
「文明を信用してないからな。身ひとつで生きて行く術を知れば色々と役に立つ。」
「僕は、停電になったら全部おしまいです。」
「でも、空豆は食べれるぞ。」
「そうですね!」
彼はとても嬉しそうに、空豆を握った。
忙殺され、引き金ばかりを引き続ける生活の中で、生きた植物や、動物に触れることがどんなに心に染み込むことであるか、この少年には分からないのかもしれない。
でも、この少年は、俺とは違う立場で、何かをこの畑に見いだしていることだけは分かった。
「じゃあ、空豆で何か作るか。」
「そうですね。サイトーさんの空豆料理、楽しみだなぁ。」
全く手伝う気のない、脳天気な少年の発言は、どこか心地よいものだった。
また明日の朝に、新しい野菜を収穫しよう。そう思った。