はじめての恋は夏の青さと 2

 
 
 
 
 
 
 

1.

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

「優一……」

「うん?」

「腹、減った……」

 ふたりは今、ベッドに横たわっている。全裸で。
言うまでもない、今の今までふたりはまぐわっていた。シャワーですっきりした亮と、台所でカレー作りに励む優一が鉢合わせた。「なぜカレーなんだ?」と亮は激しい突っ込みを入れたが、優一がまともに作れる料理は今のところカレーだったらしい。冷やし中華のひの字も見当たらない台所で、せっせと野菜の準備をしていた優一だったが、そんな優一の唇を亮が奪ったのだ。こんなことになってしまったら、カレーどころの騒ぎではない。若い男の性欲をなめてはいけない。

「あ、カレー……途中だった……」

「あー、カレーな。カレー」

「どうしよ、今から作る……?」

「あー……まぁ、そうだな、いいよ、明日で。今日は……」

「今日は?」

「ピザでも頼むか」

「わ!いいね!ピザ!台所に、チラシあったよね!取ってくるよ!」

 優一は裸のままパタパタとフローリングを鳴らしながら駆けて行く。そのまま台所あたりでごそごそ、バサッ、ドサァァと何やら騒がしい音を立て始めた。まるで自分の家のように振舞う恋人に、はぁ、と思わずため息がこぼれた。

「あれ?ため息なんてついちゃって、どうしたの?」

「ん?どうしてだろうな」

 そんな適当なやりとりをしながら、優一はベッドの上にピザのチラシを広げて、どれ食べたい?と、のんきな顔をしている。
 まだ少し身体が気怠い。今日は珍しく優一の番だった。つまり優一が抱く番だ。まだお互いそれほどの回数を重ねたわけではないが、相対的に亮が優一を抱くことの方が多かった。正直、まだ受け入れるのは3回目程度ということもあり、身体が慣れていない。

「大丈夫?しんどい?」

「んー、ああ……前よりかは、いい」

「うん」

 優一のやり方が乱暴ということは決してない。優一の愛撫はとても丁寧だった。むしろ丁寧すぎて、身体の隅々まで触れられ、見られているような気がしてきて恥ずかしくてたまらない。だからこそ抱かれる側を避けてしまう。そんな風に扱われるのは、どうしても気恥ずかしい。

「うーん、迷っちゃうね。亮、どれ食べたい?」

「迷ってるなら、この4種類のやつがいいんじゃないか?」

「わー、なんて罪深い……」

 優一は目を輝かせながら、様々な味が組み合わさっているピザの写真をマジマジと眺めた。たかが出前でそんなに嬉しそうな顔をするやつがこの世にいるとは。しかも相手はもうすぐ20歳になる大学生の男だ。

「じゃあ、これとなんか適当に頼んでおくから、優一は……」

「僕は台所を片づけておくね。カレーは明日にしよ!」

 片付けるくらいならいっそ作ってしまった方が早いような気もしたが、今の身体はそれすらも少々しんどい。おそらく優一もじゃがいもの皮をむくのに一苦労といった感じだろうし、今回は何も言わず彼に任せることにした。
 ベッドルームから出て行く優一を横目に、携帯端末でピザの注文を済ます。30分ほどで届くという通知がすぐさま届いた。そのまま寝てるのも憚られたのでベッドから起き上がろうとするが、やはり身体を起こすと腰のあたりがじんわりと気怠い。仕方なくもう少しそのまま毛布にくるまることにした。横たわると、ベッドサイドに置かれたローションが否応なしに目に入る。確か買ったのは昨日だったはずなのに、もう半分以上減っていた。それを目の当たりにすると、今までの情事が脳裏にフラッシュバックし身体がほくほくと熱くなってくる。

 キスを仕掛けたのは亮だった。先ほどの仕返しと思って。それだけで、ふたりの欲望に火をつけるのには十分だった。台所から流れるようにソファーへ、優一の身体を押し倒して馬乗りになる。首筋や耳たぶを嚙みながら、シャツの下へ指先を滑りこませた。しかし、今日は珍しく優一も亮の首筋に何度も甘噛みをして抵抗する。そのうち耳たぶや軟骨をねっとりと舌や唇で吸い上げ始めた。

「……っ、ん…っ、ぁ……っなに、しやがんだ……」

「ね、亮。今日は、僕の番じゃだめ?」

「え?」

「僕も、たまには、亮のこと……抱きたいな……」

「……っ…」

「だめ、かな?」

 しっとりと笑いながら、澄んだ瞳が亮の視線を救い上げる。そんな顔で、そんな声で、懇願されたら断るにも断り辛い。それに、ここ最近はもっぱら優一から番を譲ってもらっていたという負い目もあった。

「…わ、わかったよ……今回は、いい……」

「え!本当?ありがとう!」

 このまま押し切ってしまっても良かったが、あまりにも我儘すぎる気がして、今回は優一に順番を譲ることにした。心のどこかで、このまま優一が受け入れる側になってくれれば…なんてことも思っていたが、優一が本当は抱きたがっていることにも気付いていた。

「でも、亮の好きな方でいいからね……無理、しないでね……」

 要求しておきながら、気を遣う。表裏一体の態度で包み込む。

「来て。ベッド、いこ」

 先ほどの荒々しい雰囲気をよそに、優一がふわりと手を差し伸ばしてくる。差しのばされた手を取ると、優一はそのままベッドルームに誘い、亮の身体をゆっくりと押し倒した。そして迷う隙を与える暇もなく、優しく、ゆったりと身体中にキスを降らせる。それだけでも恥ずかしいのに、何度も名前を呼びながら確認するように見つめてくるものだから困ってしまう。優一の番の時は、いつもこうやって空気が甘くなる。虫歯になりそうなくらい甘い雰囲気で亮の強張った心をさらさらと溶かしていく。

「いいから、さっさと……しろ、よ……!」

「うん」

 優一の指先が衣服の隙間からさらりと侵入し、身体の柔らかい場所を優しく愛撫してくる。その間にも、これまた頭がおかしくなるくらい優しいキスを繰り返してくるものだから、頭も身体もどんどん調子がおかしくなっていく。優一に触られるだけで、体中がどんどん熱くなる。熱くて仕方なくて、服を脱ぎ捨てたくなってくるが、裸になるのはまだ恥ずかしい。そんなに褒められるような身体ではなかったし、服を脱ぐ頃にはあそこだってパンパンに膨らんでしまって、自分の弱いところを見られてしまう感じがして嫌だった。

「優一、はやく……」

「うん」

 乳首を執拗なくらい愛撫する優一に懇願する。もっと、早く、欲しい。恥かしさでいっぱいになる前に。それなのに、彼は胸や太ももなんかを触るばかりで触れて欲しいところに触れてくれない。身体の知らないところから、もっと何かを欲している感覚に押しつぶされそうになり、とにかく目の前の身体にすがってしまう。

「優一……!」

「ふふ、そんな急かさないでよ。大丈夫だから……」

 そう言うと、すっかり張りつめてパンパンになってしまったズボンを下着ごとずるりと剥ぎとった。思わず勢いよく飛び出してしまった自分の性器を目の当たりにし、顔が熱くなる。しかし優一はそんなことなど気にも止めず、それをやんわりと指先で包み込んだ。

「……っ、ん、ぅ……ぁ……」

 熱くて柔らかい指先が、欲しかった刺激をゆっくりと与えてくる。もっと、もっと、欲しい。あっという間に上り詰めてしまいそうになった時、優一はそこから手を離した。

「……っ…」

「亮、出ちゃいそうだから、こっちも、一緒に、ね?」

 そう言いながら、ベッドサイドにあったローションをおもむろに取り出し、腹から臀部にかけてたっぷりと垂らした。それはひんやりと冷たかったが、すぐに体温で温かく蕩けだした。

「……っ、…ん……」

 垂らしたローションを性器に絡ませつつ、もう片方の指先が割れ目あたりに、するりと忍び込んでくる。

「…あ……っ…ま、て……」

「うーん、それは無理かなぁ…」

 忍び込んだ指先が円を描くように優しくすぼまりに触れる。それはまるでマッサージでもするかのように丁寧だった。いわゆる尻の穴を、そんな風に触られてへっちゃらな人間がいるわけがない。

「…っ、や……め……」

「足、もう少し開いて…」

「……む、り…」

 足の間で居心地悪そうにしている優一には申し訳なかったが、そんなところを覗きこまれるなんて絶対に無理だ。

「み、見るなよ……!絶対に、だ…!」

 思わずそう叫んだが、優一はにっこり笑うだけだったので、もう一度、「見るなよ!」と念を押す。

「ふふ、うん。分かった。じゃあ、キス、して……」

 優一が身体を寄せてきたので、縋り付くように唇に噛みついた。抱きついた状態のまま、指先が後ろの入口を優しくほぐしている感覚に羞恥心が戦慄く。恥ずかしくて仕方ないから、少しでもそれを誤魔化したくて我儘な態度をとってしまう。優一にするときはやりたい放題なのに。優一のおしりの穴だってたっぷりと眺めたし、気持ちよさそうに喘ぐ姿だって見せてもらった。それなのに、同じようなことをされるのに耐えられない。自分の恥ずかしいところは見せたくない。酷く卑怯なヤツな気がしてくる。それなのに彼はいつもすべてに応えてくれる。いつだって優しく、そこにいる。

「…優一……お、れ…」

「ん、いいよ……。僕が、したいだけだから……」

「……そんなこと………俺だって…………………」

「……恥ずかしい?」

 キスの合間にそっと見つめられる。うっとりと、しっとりと、優しい顔をしていた。

「……っ、あ、ったりめぇだ……」

「ふふ……でもね、ほんとは、全然恥ずかしくないと思うよ……」

「…っ、…ん、だよ…それ…」

 壊れやすい砂糖菓子を愛でるかのように、優一は頬にそっとキスを落とした。

「だって僕、亮のこと、好きだから……」

 耳元で甘く囁く。

「亮の声も匂いも、身体も、全部好きだよ。だから、全然恥ずかしくなんかないんだよ」

 甘い声が、言葉が、隠していた心のしこりをとろとろと溶かしていく。

「だから、ね?……大丈夫だよ」

「……っ、ぁ……」

 身体の内側を優しく撫でる指先が動くたびに、甘い熱が身体を駆け巡る。思わず優一にすがりつくと、彼は優しく抱きしめてくれた。

「…っ、ぅ……ぁ…優一……っ…」

「りょう、きもちいいの?……」

 確認するかのように身体をゆっくりと離すと、優一は指先の動きに合わせて唇や舌先で身体中を愛撫し始めた。肌に触れるいちいちが痺れるように甘く、思わず逃げ出したくなる。しかし、全身が優一に捉えられてしまい敵わない。もう頭がくらくらしておかしくなりそうだ。

「……っ、ゆう、いち……」

 いつの間にか、優一の指先は引き抜かれ、ぽっかりと広がったそこに熱い欲望があてがわれていた。それはゆっくりと身体の中へ侵入し、隠れていた欲望を赤裸々に暴いていく。腰をじわじわと進めながら、優一はシャツを脱ぎ捨てて丸裸になった。おそらくそのまま自分のシャツも脱がされることを察し、シャツの裾をぎゅっと掴んで抵抗した。
 裸になることは、まだ恥ずかしくて堪らない。身体の隅々まで見られてしまうこと以上に、欲望を、気持ちを、曝け出すことが恥ずかしくて怖かった。

「好きだよ、亮、全部、好き…」

 全部好き。そんな風に言わないでくれ。自分自身ですら愛せない醜い気持ちを、溢れんばかりの欲望も、本当に愛してくれるのだろうか。でも、目の前の大きな優しさに包まれると、信じてしまいそうになる。全てを明け渡したくなってくる。全部を見せたい。でも見せたくない。ぐちゃぐちゃになってしまいそうな自分自身を全部、なにもかも見せてしまいたい。でも恥ずかしい。それでも優一になら許されるんじゃないか。そんな姿を見せても、優しく笑っていてくれるのではないか。

「亮、力抜いて。ゆっくり…。そう、ゆっくり」

 優一の言うとおりに、強張っていた筋肉を緩ませる。内側でわななく性器がずるりと動くたびに、身体にきゅっと力が入ってしまうが、そのたびに「大丈夫、大丈夫だよ」と声をかけるものだから、その言葉を信じて身体を弛緩させていく。力を抜くと繋がった箇所がどんどん熱く蕩けていき、四肢がくったりと力を失っていく。すると頭の上で優一が熱い吐息を漏らす。いつもより甘い声で名前を何度も呼びながら腰をくゆらせる。気持ち良さそうな様子の恋人を見つめていると、ふと、瞳の奥に熱く煌めく欲望が見えた。

 
 大好きだから大事にしたい。
 でも壊してしまいたい。
 相手をめちゃくちゃにして、支配したい
 

 優一の瞳が熱く揺れている。彼も自分と同じ感情を持っているのだと分かった。自分だけじゃない。それに気が付いたら歓喜で身体がひときわ熱くなった。優一はめいっぱいの優しさで支配しようとしている。

「……っ、優一………」

 息をついて四肢を投げ出すと、優一が太ももを大きく開かせた。いつもだったら恥ずかしくてたまらない格好だったけど、身体の隅々まで見られているということに、今日は込み上げるような興奮を覚えた。もっと見せたい。もっと触れてほしい。

「……っ……りょ、う…?……」

 身体が熱くて仕方ない。汗でぐちゃぐちゃになったシャツを脱ぎ捨てる。頭の先から足の先までなにひとつ身に着けていないと思うと、身体の奥底から甘い興奮が駆け巡った。自然と身体が緩やかにくねる。

「ゆう、いち……はや、く……」

 身構える優一の背中を足先で撫でて誘う。足を開いたまま腰をしならせ、熱く脈打つ欲望をぬるぬると絡め取る。そんな動きに優一は一瞬息を飲み、瞳の奥で紅く煌めく熱を一層に咲き上がらせた。

「…りょ、う…っ…」

 甘い声で呼んだかと思うと、優一は縋り付くように激しく腰を動かし始めた。

「……りょう……っ…ぁ、あ………っ…」

 優一がまるで荒波の飲み込まれるかのように、欲望の渦に流されていく。狂おしいくらいに。堪らなく欲情する優一を目の当たりにした時、恥ずかしさ以上に嬉しさがこみ上げてきた。

 もっと、もっと。

 腕を伸ばすと、優一と視線が絡み合う。咲き乱れる欲望が全身に注がれている。そう自覚したら、腰の律動に合わせて喉から空を切るような高い声が零れた。自分の声とは思えない声に一気に顔が熱くなる。それなのに、止めることができない。

「………あ、ぁ…っ………っ、ぁ…ゆう、いち……っ…」

 呼吸を合わせるかのように、優一がたっぷりとキスをしながら、お互いを溶け合わせる。
 熟れた欲望がふたりの間で甘く弾けた。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

2.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ああーーーーーーー!」

「え、ちょ、どうしたの!?」

 記憶が鮮明にフラッシュバックする。今の今までの自分を思うと恥ずかしくて爆発しそうだ。そんな人の気もしらないで、優一は素っ頓狂な顔をしている。

「うるせぇ、くそぉ、ピザはまだかぁ!」

「もうそろそろじゃない?」

 ベランダから洗濯物を取り込んできた優一が汗を拭っている。ほんの少しベランダに出ただけなのに、外は随分と暑いらしい。ベッドから動けず寝ころんでいた亮は、家事をする優一をぼんやりと眺めた。

「ほら、亮、これ畳んで」

「…げ、あっつ……」

 寝ころんでいた腹の上にバサバサと洗濯物をぶちまける優一。取り入れたての洗濯物は夏の日差しで熱々に仕上がっていた。まるで焼きたてのパンに囲まれたみたいに、真夏の太陽の匂いがふんわりと包み込む。

「ピザが来る前に片付けちゃうよ~」

「ん-」

 適当に返事をしたものの、全然やる気が起きない。そんな気だるげな亮に構うことなく、優一はすぐ隣にぴったりと腰を下し、洗濯物を畳み始めた。

「ゆういち~」

「んー?」

「ゆういちぃ…」

「なーに?」

 特に意味もなく名前を呼ぶ。名前を呼ぶだけでなんだか幸せだ。

「自分のパンツくらい自分で畳んでね」

「へーいへい」

 ペロリと舌を出したら、思いっきり顔面に下着を投げつけられた。怒ったかな?と下着の隙間から覗き見ると、満更でもないといった笑顔を浮かべていた。
 こんなやりとりをしていると、恥ずかしくて仕方ない情事の記憶が日常に馴染んでいく。裸になることも、抱き合うことも、恥ずかしくてたまらないものだと思っていたのに、こうしていると、何ら恥ずかしいことではなく、優一との間では自然なことに思えてくる。恥かしさ以上に、優一ともっともっと触れ合いたいという気持ちがどんどん強くなっていく。それでもやっぱり、まだ胸がドキドキしてしまう。恥ずかしいからこんな我儘なことばかりしてしまうのに、優一は今も変らずそこにいる。それが嬉しくてたまらないのだ。

「それにしても、お腹すいちゃったね」

 えへへ、と、少し照れ臭そうに笑う優一。なんでそこで照れるのだろうかと思ったが、つまりそれは、少々運動をしすぎたということだと気が付き、また性懲りもなく顔が熱くなるのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
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