僕の思いは君の声 前編

 
 

1.

 
 
 
 
 
 

 まるで遠足にでかける前の日みたいに、僕はあまり眠ることが出来なかった。
ぼんやりとした頭をたたき起こして、畳の上で無造作に広がる布団を片付ける。一週間くらい前から自分にしてはずいぶんと力を入れて部屋をきれいに片付けてきたから、我ながら悪くない空間が広がっていると思う。
母親からお気に入りのハーブを貰ってきて、あたかも自分で育てかのように配置してみたり、ちょっと色あせていた布団カバーを新調したり、窓の掃除なんかもしちゃったりして。

 なんでこんなにもワクワクした心持ちで、自分の部屋をきれいにしているのかというと、約2か月ぶりに亮が家に遊びに来るからだ。
僕の家には2回ほど遊びに来たことがあったけれど、ここまで日が開いたのは初めてで、しかも亮はゲームにもログインしなくなっていたから、彼という存在が二か月ぶりだった。
時々電話をしたり、チャットをすることはあったけれど、学業と同時並行で仕事に勤しむのは並大抵のことではないと思い、気を遣ってあまり頻繁に連絡をとらなかった。それに、するべきことを見つけた彼は、それに向かって一直線に走っていくところがある。なかなかゆっくりと彼の声を聴くことすらできずに僕の気持ちはふわふわとおぼつかないまま、二か月はあっという間に過ぎていった。

 午前9時。
亮が仙台駅に着くまでまだ少し時間がある。僕は彼が一体どんな気持ちで仙台に来るのかと思いを馳せていた。
距離はすごく離れていたけれど、一応僕らは恋人という関係で、出会ってしばらくはなかなか先に進めなかった僕らも、夏休みに長い時間を過ごしてから、ようやく恋人らしい関係になることができた。
僕は今でも、あの時と変わらない気持ちで、それどころか、もっと彼のことが好きになっていた。
でも、亮の方はどうだろうか?もしかしたら既に心も遠く離れているなんてことはないだろうか。不安な気持ちも少しばかり沸き起こったが、でもきっと、彼も同じ気持ちだろうと願いつつ、僕は落ち着かない気持ちを紛らわせたくて、朝からシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びて髪を乾かし終わるころには、約束の時間にちょうど良いだろう。
期待と興奮にざわつく心を抑えながら、震える指でシャワーの蛇口をひねった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2.

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 午前10時半。
亮がそろそろ改札に現れる頃だ。
見慣れた仙台駅の改札は、休日の朝ということもあってか、いつもより少し空いている気がする。

 ガランとしていた改札に、ぽつぽつと人が現れ始める。どうやら電車が来たようだ。
ちらほらと散らばる人が、波となって押し寄せ始めると、改札の電子音が世話しなく鳴り響き始める。流れこむ人波を受けながら、記憶の中のさまざまな亮の姿を思い浮かべる。

「優一」

 突然鼓膜を震わすその声に、その言葉に、僕の心臓がきゅっ…となるのを感じた。
僕は高鳴る鼓動を抑えながらその声がした方をゆっくりと振り返る。

「優一だよな」

 バラバラしていた記憶の中のイメージが、すっとひとつになる。
じっと僕を見つめる亮の顔が、そこにあった。

「………っ……」

 視線が交錯するだけの束の間。僕の中に亮という存在だけが入り込んでくる時間。それ以外のありとあらゆるものが全てそぎ落とされて、僕の世界に亮しかいない瞬間だった。僕はそこから一歩も動けず、言葉を発することも忘れてしまう。段々と近づいてくる彼、その彼が目の前まで来ると、ふんわりと身体が優しさに包まれる。どうやら彼が僕の身体を抱きしめたのだと分かった。その確かな感覚を抱きしめ、これがちゃんとした現実なんだと理解した瞬間、僕の世界が現実へと引き戻される。

「………久しぶり」

 その腕はそのままぎゅうっと力強く僕の身体を抱きしめた。肩口に埋められた彼の顔は一体どんな様子なのだろうか。くぐもって届いた声色。以前と変わらない落ち着いた、それでいてエネルギーを感じる大好きな声。

「うん。久しぶり」

 誰かが見ているかもしれないという気持ちが強くて、普段だったらこんな場所で抱き合ったりできないのに、今はそんなことどうでも良かった。とくに亮は人一倍他人の視線を気にするところがあったのに、それなのに、彼はぎゅっと僕を抱きしめたまま離れようとしない。僕は久しぶりに感じる亮の匂いやそのぬくもりで胸がいっぱいになった。

「……優一、すごい……会いたかった……」

「僕も。ずっと、会いたかった」

 肩に押し当てられた亮の頭が僅かに動き、彼の鼻が少しだけ首筋をかすめる。触れるか触れないかの皮膚の気配や温かい呼気が、僕の身体をほんのりと熱くさせた。

「優一、いい匂い」

「亮もいい匂いだよ」

「お前さっきからオウム返しばっかじゃん……」

「でも、ほんとだよ?」

「まぁ、いいけどさ……」

 少しだけ笑いながら、亮はふんわりと顔を上げた。ようやくのぞき込めた亮の表情は嬉しそうな、ちょっと恥ずかしそうな素敵な笑みに包まれていて、僕はそんな亮を、今ここで確かに捉えているということが堪らなく嬉しかった。
ああ、好きだなぁ。やっぱり、僕は亮のことが大好きだ。
ずっとこのまま、抱きしめて離したくない。ずっとこのまま、ふたりでいたい。そう思って仕方なかった。

 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
後編(R18)
 
 
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