虎児はまだ見果てぬ夢を見る

 
 

「…ん、…ぁ…」

 鼻にかかったような甘い声が響き渡る。男にしては甘ったるい声だとは思っていたが、いつも以上に艶やかで甘みを帯びたその声は、俺の鼓膜を震わせるたびに腹の奥に潜む、くぐもった欲望をじんじんとくすぐる。今時にしては珍しい小さな和室の片隅で、俺はその声主の唇を強く吸い上げた。

「…ぅ…ん、はぁ……」

 唇を合わせるようになったのは、まだほんの最近のことで、俺自身もこのような行為はほとんど経験がなかったため、本当にこれでいいのか、相手は本当に気持ち良いのかとやり場のない不安が何度も胸に押し寄せていた。ただその甘い声を聞く度に、きっと気持ち良いはずだと自分に言い聞かせ、俺は何度も唇を奪うのだった。
 月明かりしか届かない薄暗い部屋の片隅。
俺は覆い被さるように彼の細い身体を壁に押し当て、はだけたシャツの隙間から白くぼんやりと浮かぶ素肌をそっと撫でながら柔らかい唇の感触を堪能する。甘い吐息を零しながらも、与える愛撫に丁寧に答える様子が愛おしくてたまらなかった。

「…りょ、う…ねぇ…」

 声の主、森野優一は頼りなさげに俺の名前を呼んだ。
唇を離して彼の顔をのぞき見る。しっとりと濡れた瞳が月の光を受けて静かにゆらゆらと揺れていた。

「…どうかした?」

 なるべく冷静さを装いながら、揺れる瞳をそっと見つめて返した。白い頬がいつもより少し朱色に染まっているように見える。その表情がとても艶やかだから、身体の奥底から締め付けられるようなたまらない感覚が沸き立ってきてしまう。今すぐにでもめちゃくちゃにしてしまいたいという気持ちと、男性を抱くということへの不安とのせめぎ合いで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。そんな不穏な俺の視線から逃れるように、彼は顔をうつむけると、そっと俺のシャツに手を伸ばした。そしてそのままシャツの裾からゆっくりと指先を滑り込ませ、肌に直接、おずおずと触れてきた。

「……優一さん…?」

 問いかけると、彼はさらにゆっくりと腹部や脇腹あたりを優しく撫でてきた。その手つきはたどたどしく、とても細やかなものだった。視線を完全に逸らされてしまい、表情がよく見えないのが残念だったが、大好きな人の指先が自分の肌の柔らかい部分に触れているということがたまらなく嬉しかった。俺は、目の前にある少し茶色がかった柔らかい髪を撫でながら、彼の指先が与えようとする刺激に気持ちを集中させた。その指は段々と上に移動し、胸のあたりまで伸びてきた。その時、撫でていた髪がふわりと僅かになびき、その奥から何かを確認するかのように瞳がそっとこちらを覗き見た。

「…あ、」

 視線が交錯すると、彼はすぐにまた視線を逸らしてしまった。その様子が本当に意地らしく、かわいいとすら思えてしまって、いよいよ自分の頭はどうかしてしまったかなと思わずにはいられなかった。これが恋というものなのだろうか。なぜこんなにも愛おしい気持ちでいっぱいなんだろう。

「ねぇ…優一さん…」

 俺はたまらないという気持ちをこめて名前を呼んだ。
それでも相変わらず顔を上げてくれないから、顎を無理矢理、でもできる限り優しく掴んで顔を上向かせた。

「……あ…」

 いつもより確実に上気した頬。少し驚きを浮かべた、恥ずかしさでいっぱいといわんばかりの様子を浮かべるその顔色に、俺はたまらなくなってまた唇を奪ってしまった。

「…っ…!」

 できる限り優しくしたいと思いつつも、自分の奥底から沸き起こる衝動を抑えることは難しい。ありとあらゆるものを奪って、自分のことしか考えられないくらいに支配したいと思ってしまう。まだ彼のほんの表面しか触れることができていない自分に、焦りともどかしさを感じながら、少しでも彼の内側に触れたくて、その柔らかく湿った唇の感触を貪らずにはいられなかった。

「優一、さん…もっと、触って…」

 キスの合間に懇願する。もっと触って欲しい、もっと触れたい。もっともっと、全部が欲しい。

「…っ、ぁ……りょ、う、待って……っ…」

 甘く湿った声色をもっと聞きたくて、声を発しようとするタイミングで唇を吸い上げる。いつも聞かせてくれる優しい声と、それに絡むように垣間見える彼の隠された情欲の声色が、とても扇動的で心地良い。自分にしか見せない欲に溺れた姿を、自分だけが知っている情欲の音を、もっともっと見せつけて欲しい。

「今日は、もう…だめかも。優、一……」

「…は、ぁ…亮…」

 優しく触れていた彼の指先を掴み、それをそのまま片手で引き上げる。はだけていた彼のシャツを乱暴に剥ぎ取り、白く官能的な肌を月明かりの下に露わにさせる。わずかに感じた抵抗を力業で無視し、無防備になった上半身に貪るような口づけを降り注いだ。

「…っ…ぁ…!」

 甘い、とにかく、甘いとしかもう形容ができない。甘くて切ないようにも聞こえる声に、新鮮な欲望を震わせながら、露わになった素肌に何度も吸い付くようなキスをする。そして花の蕾のように揺れる薄紅色の胸の突起へ、舌をそっと、しかし触れれば厚ぼったく執拗に這わせる。目に映る全ての形容を、そしてそれに干渉するたびに淫らに揺れ動く表情全てを感じたくて、全神経が彼に注がれてしまうのを止めることが出来ない。

「優一、ねぇ、気持ちいいの?」

「…っ、ぅ…ぁ…」

 貪りながら何度も問いかける。言葉にならない喘ぐような声を漏らす愛しい人の様子を何度も確かめながら、そこにあるであろう不確かな愛とか欲とか言われる曖昧な現象に必死に群がる。
 白く滑らかな肌に触れるたびに心地良く愛おしい気持ちに包まれる。指先だけでは足りない、唇で触れても足りない。もっと深いところで触れ合いたいと願いながら、上半身の至る所に赤い痕跡を残していく。いよいよと言わんばかりに下半身を覆う夜着に手を伸ばす。ズボンを下ろすという行為なんて何の変哲もないことのはずなのに、まるで隠されたものを暴くかのような緊張と興奮が身体の奥から湧き出てくる。俺は待ちきれない気持ちをなんとか抑えつつ、ラフに着こなされた薄い生地をゆっくりと引き剥がす。露わになった下着姿の中心は、既に緩やかに上り詰めていて、更なる刺激を求めて張り詰めている様子がうかがえる。

「…あ、待って…」

「もう、待てないよ…もう、全然」

 下着ごしの欲望をじっくり観賞したい気持ちもあったが、それよりも彼の張り詰める熱をもっと近くに感じたくて、俺は直ぐさまその覆っていた下着を乱暴に引き下ろしてしまった。露わになった、紅色の、張り詰めた欲望に揺れる彼の中心は、浅ましくも官能的で……

「……っ…」

 綺麗だな、と思った。
他の男のそれなど見たことはなかったけど、彼のそれは非常に美形だったんじゃないだろうか。自分のそれとさほど違いはないかもしれないが、彼らしい大きさと形状をしていると思ったし、何よりも自分が与えた愛撫によって欲や熱を抱えて張り詰めている姿は、なんだかすごく愛おしい。

「…ぁ、そんな…見ないでよ…」

「うん…じゃあ触っていい?」

 返事を待つ前に、その張り詰めた中心に指先を這わせた。彼は反射的に腰を引いたが、俺はすぐさま引き戻し、壁に寄りかかっていた背をそのまま引き下ろすように床へ押しつけた。ずるりと、仰向けに寝転がった彼の身体をそのまま見下ろし、衣類を何一つとして身につけていない露わな身体をくまなく眺めた。

「布団、行く?」

 一応気遣うそぶりを見せてみたが、這わせてしまった指先を止めることはできない。
優しく、でも確実に力を込めて彼の中心を何度も何度もこすりあげる。

「…っ、ぁ、行…く…」

 その言葉は彼のちょっとした抵抗だったのかもしれない。それか、直接食い込むように当たる畳の質感が、少し痛かったのかもしれない。俺は抱えるように彼の背を抱き、既に敷いてあった敷き布団の上に少し汗ばんだ身体をそっと運んだ。
 敷き布団と掛け布団という組み合わせは、正直映画やドラマでしか見たことがなかったので、押し入れから布団一式が用意された時は驚きを隠せなかった。しかし、今となってみると、この敷き布団というのはとてもセクシュアルな雰囲気があって良いかもしれない、とすら思える。敷き布団に強ばった彼の身体をそっと横たえつつ、引き続き彼の中心を執拗なくらいに愛撫する。すでに張り詰めて熱をいっぱいに抱えたそこは、非常に扇情的で、俺は思わずそこに吸い寄せられるように唇を沿えた。

「…! ちょ、亮…!?」

 彼の困惑と制止を無視しつつ、そこに唾液たっぷりの舌を這わせた。まるで犬のようだな…と少し自分自身を滑稽に思いながら、愛おしくてたまらない彼の性的な場所を何度も何度も口内に含んだ。

「…は、ぁ…あ…っ、や…」

 じゅ、じゅる…と浅ましい水音が室内に響き渡る。
その音に呼応するかのように、甘く高いあえぎ声が吐息に混ざりながら断続的に鼓膜を揺さぶる。

「…ぁ、亮、やめ……だ、め…」

 どんな風に扱うのが彼にとって気持ち良いのか分からなかったが、もし自分が彼にこうされたらいいな、と思うようなやり方をイメージしてみた。いつも綺麗な声で綺麗な言葉を語る慎ましやかな唇が、浅ましく自分のものを咥えている姿を想像するだけで腰の奥がジンジンと疼く。そんなことを考えながらも、歯だけは当たらないように、唾液をたっぷり絡ませながら、がむしゃらに吸い上げたり舌を絡ませたりして彼の熱い欲望を逆撫でした。

「…っ、ん、ぁ、はぁ…っ…」

 欲の解放の時がだいぶ近づいているようだった。
このまま吸い上げて彼の欲望を受け止めたい気持ちも強かったが、ふと、一度そこから唇を離してみた。解放寸前に張り詰め紅く染まった中心と、仰向けになりながら白く汗ばんだ四肢をあられなく投げ出す愛しい人の姿が眼前に広がるその光景に、俺は何とも言いがたい興奮が駆け抜けた。

「………優一さん、すごい……エロ…」

 思わず口をついて出た言葉に、彼は非常に驚いたような恥ずかしくてたまらないというような魅惑的な表情を浮かべた。しかし、もう彼はひたすら解放の時を待っているようだった。何か悪態のひとつでもつかれるかと思っていたがそんな余裕はなかったようで、ゆらりと物欲しげに腰を揺らして、

「………亮、も、う……」

 切なげな声で名前を呼んだ。
俺はそれが合図と言わんばかりに、再び彼の中心に指先を這わせ優しくしごき上げた。気持ち良いんだろうな、と思わずにはいられないくらいに、顔を真っ赤に歪ませながら浅い呼吸に甘い吐息を絡ませているその様子を眺める。

「…っ、ん…ぁ……で、る…っ…」

「いいよ…いって…」

 息を呑むような熱い吐息をひとつ零した後、しごき上げた指の隙間から、白く温かな粘液が溢れ出た。
全身を震わせながら果てる様子をじっくりと眺めながら、俺は非常に満たされた気持ちに包まれていた。

 
 

 
 

 
 

2.

 
 

 
 

 彼の解放を見届けた後、自分の欲望はさっさと一人で処理してしまった。
本当は、彼に自分の欲望をぶつけたかったし、できるなら一緒に欲望を絡ませ合いたい、などと思ってはいたが、なんだかそれはまだ恥ずかしくて気が引けた。
 ただ、初めて彼の欲望をこの手で高め、解放したということが何よりも嬉しかった。

 いつもはまったく乱れた様子を見せず、愛の言葉とか仕草とは無縁で、艶やかな雰囲気を全く感じさせてくれないし、そもそも彼は本当に男なのだろうかと思わずにはいられないくらい男性的な性の匂いがしなかったから、彼も自分と同じようにちゃんと興奮して欲望を解放するということに胸の高まりが抑えられなかった。
 まだ熱に浮かされた頭ではあったが、汗や、おそらく俺自身の唾液ですっかり汚れてしまった彼の身体を、俺はタオルで優しく清め始める。

「…あ、大丈夫だよ、自分で…」

「いや、俺が、やる…」

 せめてもの気遣いという雰囲気で、彼の申し出を当たり前のように受け流す。
でも本当は、まだ少し敏感な、情事の色が残る肌を眺めたり触れたりしていたかったのだった。

「…ん、あ、ありがとう…」

 律儀に感謝の言葉を述べる彼の姿は、裸ということを除いては、いつもの森野優一という感じだった。
穏やかに伏せられた瞼の奥には何が描かれているのだろうか。
 一通り素肌を拭き終わると、俺はまた彼の柔らかい髪をそっと撫でた。地毛なのだろう、外向きに跳ねた毛先に逆らうように触れても、それはピンと元の状態に戻ってくる。触れるたびにふわりと、清潔感のある石鹸のような甘い香りが鼻の奥をくすぐる。

「そんなに撫でないでよ…」

「嫌なのか…?」

「いや、そういうんじゃないけど…」

 伏し目のまま、彼は口ごもる。きっと恥ずかしいのかなと思ったが、こうして家にいるときくらいは、彼の髪や肌にずっと触れていたい。どんなに制止されたって構うもんかってくらいに。

「優一さん」

「……ん?」

「俺、次はもっと気持ち良くするから」

 自分でもびっくりするくらい破廉恥な言葉が口をついて出てきた。案の定、目の前の愛しい人は呆気にとられて顔を真っ赤にしている。まだ少し熱に浮かされているのかもしれない。でも言える時に言わないと駄目なんだ。俺だって恥ずかしくてたまらないんだから。明日の朝になんかもう絶対に言えないから。

「……俺、優一さんのこと、好きだから。もっと優一さんの色んなものが見たい」

 なぜそんなことを思うのだろうか。好きな人だからこそ、誰にも見せない姿を見せて欲しいということなのか。とにかくもっと彼のことを知りたい。恥ずかしさでいっぱいの彼の顔を見るたびに、その柔らかい髪を指先で感じるたびに愛おしさが止めどなく溢れてしまう。

「色んなこと、知りたい」

「ちょ、亮…!分かったから…!」

 顔を真っ赤にさせながら、これ以上俺が余計な言葉を零さないようにと、口元を必死に抑えてくる。
その様子が愛おしくて、俺は口元にあてがわれた指先に優しく歯をあてて笑った。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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