第六話 金雀枝* Enishida

 
 
 
 
 

——— お前は助世富に同情しているだけだ。お前はただの “偽善者” だ。

——— 寂しいから、お前は助世富を小姓にしたんだろ? 彼をこの戦に巻き込んだのはお前なんだよ椎坐。
 
「同情なんかじゃない……」

 俺は何度もそう言い聞かせた。助世富と共にいるのは同情なんかじゃない。彼が信用に足りる人間だったからだ。彼がこの街で一番腕の立つ武士だったからだ。

 同情なんかじゃない!
 寂しいからなんかじゃない!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
追憶 其の二
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 助世富と出会ったのは、冷たい冬の浜辺だった。父と狩りへ出た帰り道。見慣れない波紋を感じ、しばしその正体を探した。しばらく波紋を追っていると、雪原に十歳ほどの子どもが倒れていた。その手には血の滴る包丁が握られ、すぐ側の蔵には首の斬れた裸の男が死んでいる。破れた着物、血のついた寝具、醜く腫れ上がった男の陰茎、そして全ての罪を吸いつくしたかのように汚れた赤い雪。そこは地獄のような惨状だった。父は顔を苦悶に歪めながら「ここで起きていたであろうことは、決して口にしてはならない」と言った。

 見慣れない波紋は、まだ息のあった助世富の波紋だった。あの状況下で生きていられたのは、紛れもなく彼の強力な波紋のおかげだ。顔や身体にいくつもの青痣を作り、酷い凍傷と低体温状態だったにもかかわらず、彼はなんとか一命を取り留めた。長い眠りから目覚めた助世富は、凍った湖のような青い瞳で、俺をじっと見つめた。その寂しげな瞳を見たとき、出来る限り彼の側にいてやりたいと思った。しかし、彼の腕に刻まれた焼印を理由に、家族はなかなか助世富に会わせてくれなかった。

 それから程なくして父が病で息を引き取り、俺は唯一の肉親を失った。母は俺が三歳にも満たない頃に他界しており、そのうえ正妻ではなかった。母親譲りの金の髪と翡翠の瞳。それはこの国では少し特殊な色合いだったようで、目立ちすぎる容姿は「女狐」「娼婦の子」などの陰口となった。親族の中に同じ特徴を持つ者はいない。それがまた、継母の癇に障ったのだろう。彼女は俺を屋敷の外に追放し、血を分けた子どもとの繋がりを愛した。俺は遠い親戚の住む小さな養蚕の村に送られ、養蚕と武術を学びながら育った。十年近くをその村で過ごし、再び屋敷に戻ったのは、父が体調を崩し、跡継ぎを考え始めた頃になる。しかし、久しぶりに足を踏み入れた杖部利の屋敷は、すっかり継母の支配下に置かれた城のようになっていた。彼女は俺ではなく、自分の息子を杖部利の当主に据えるつもりだったのだ。その思惑は屋敷の空気にまで染み込み、周囲の者たちもそれを当然のように受け入れていた。しかし父は、俺を後継ぎにするために屋敷に呼び戻したのだった。

 なぜ父は俺を遠ざけ、最後には跡を継がせたのか。今なら分かる。

 あの屋敷に居続ければ、俺は継母に殺されていたかもしれない。父は俺を問題から遠ざけ、表向きには追放しながら、継母の目を欺き、俺を守ろうとしたのだ。
 幼い頃は家を追い出されたと思い、父を恨んだ。しかし父は誰よりも杖部利家を、そして波紋の武士としての誇りを守ろうとしていたのだ。
 継母の家族に波紋使いはいなかった。この佐州を統べるだけの器を持つ者も見当たらない。自分がその立場にふさわしいとは思えなかったが、父の意思を継ぐために俺は杖部利家の当主になることを決めたのだ。それは十四の春だった。
 それから程なくして、まるで父の予言が的中するかのように、世界は日増しに吸血鬼の力を強めている。吸血鬼が蔓延る世になれば、人々は否応なく波紋の武士を求める。今、この佐州を守れるのは、杖部利家や上星家のような波紋の一族だけだ。継母はより強い波紋の武士を求め、杖部利家を去っていった。

 それからというもの、杖部利の屋敷は随分と人が少なくなった。残ったのは喜三太や父に忠実だった家臣たちが数名。佐州を守るために、より強く、たくさんの人手が必要になった。
 そんな出来事があった頃だ。再び助世富と再会することになったのは。

 町外れに住む老夫婦の養子となっていた助世富は、漁師の手伝いをしながら小さな道場で稽古をしつつ暮らしていた。まだ十三歳ほどにも関わらず、道場一の腕前と評判だった。俺は自ら道場に赴いて助世富と手合わせをした。彼は噂通りの腕前と波紋の強さで、俺との稽古を心から歓迎しているのが分かった。俺は助世富を杖部利家の家臣として招き入れたいと考えたが、周囲の大人たちは罪人である助世富に真剣を持たせることに反対だった。それでも俺は諦めきれず何度も道場に通い、助世富との親睦を深めて行った。
  
——— ねぇ椎坐。この黄色いのは何?

 助世富は足元を見つめながら指を差した。それは小さな福寿草の花だった。俺は花の名前を教えると助世富はしゃがみ込んでじっとその花を見つめる。俺もそんな助世富の隣に座り、その花を眺めた。街の片隅でひっそりと咲き誇る小さな花。その花は少しでも太陽が隠れると、あっという間に萎んでしまう。

——— あ、閉じちゃった

 助世富は少し寂しそうな顔をしたが、俺が髪を撫でるとにっこりと笑顔を浮かべる。その瞳の奥にはいつだって太陽のような輝きがあった。
 俺にとって、そんな風に助世富と過ごしている時間が唯一の休息だった。街のことも鬼のことも佐州の未来も考えず、刀を遊びごとのように振り回し、山菜を採りながら野いちごをつまみ食いし、唄を歌いながらだらだらとお喋りをして。しかしそんなことができるのは、ほんの束の間の時間だけだった。夜になればまたあの地獄に戻らなくてはならない。生暖かい血の匂い。首の骨が砕ける音。弾力のある肉がぱっくりと開く感触を押し切り、自分を見つめる首を無心ではねる。吸血鬼にも意思があるのだろうか。目の前の顔はいつだって恐怖と絶望に染まっているように見える。生きていた者が一瞬で物体になる瞬間を繰り返し目の当たりにすると、少しずつ大事なものが削られていくような気がした。全ての “仕事” が片付くと、屋敷に戻って着物に染み込んだ血を洗い、また朝日が上るのをじっと待つ。

 俺は結局周囲の反対を押し切り、助世富を杖部利の屋敷に招き入れた。時々、彼はあのまま刀を握らず、街の漁師や道場の師範代にでもなっていた方が幸せだったのではないかと思う日もある。しかし助世富は誰よりも強く、忠実で賢い。波紋の武士として生きるのが本望だと自分に言い聞かせて目を背けた。瞳の奥の熱い思いは、彼の強い決意である。波紋の武士として共に生きると誓った気高き決意。あまりにも熱く、あまりにも純粋で、あまりにも真剣な忠義なのだ。

——— かわいそうな助世富。一人ぼっちな助背富。俺が助けてあげなくちゃ? ひとりぼっちはお前だろう? 寂しいから、お前は助世富を小姓にしたんだろう?

 時々そんな声が頭の中に聞こえてくる。

——— なぁ椎坐。俺を助けてくれるのはお前なんだろ? それじゃあ早く、抱きしめてくれよ!

 冷たい雪原の真ん中で、助世富がこちらを見つめている。真っ赤な包丁を握りしめて、寂しげな青い瞳は何かをじっと待っている。滴り落ちる血は、白い雪をどこまでも赤に染め続けていた。
 分かっている。これは傲慢だ。俺は杖部利のために、吸血鬼を倒すために、そして佐州の未来のために助世富を家臣にしたのだ。

 それ以外の感情なんて、ありはしないんだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

第六話 金雀花

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 差し伸ばされた手を決して離してはいけない。その手を離したら、もう二度と誰も掴んではくれない気がするから。
 助世富は必死で目の前の体を抱きしめた。口付けが深まると自然と呼吸が重なり合う。遠慮がちだった二つの舌はとろけ、あっという間に無我夢中で求め合っていた。椎坐の身体をゆっくり押し倒すと、彼は少しだけ抵抗したが、そのまま床に背中を預け、そっと息を吐いた。

「助世富、大丈夫か?」

 助世富はその言葉になんと答えて良いのか分からなかった。助世富の行為は人の上に立つ者には受け入れ難いもののはずなのに、椎坐はそれどころか自分を気遣うのである。彼が一体何を考えているのか分からない助世富は、再び唇を奪って誤魔化した。こんな場面で黙秘する自分はひどく卑怯者に思えた。椎坐と話をするべきなのは間違いない。彼がこの行為の意味を理解しているとは思えないからだ。小姓である助世富が主人の身体を求めるなど、誰もが理解に苦しむ話ではないだろうか。
 椎座は、助世富を正式な小姓にしてからの4年間、夜の相手を求めることは一度もなかった。多くの武士や僧侶が男色を好み、時にはそれが風流だと謳われるこの国で、戦場を共に駆け巡り、寝食を共にし、どの家臣より寵愛しながらも、指一本触れることはなかった。喜三太いわく、杖部利は代々生粋の女好きで男色を好まないのだという。それは本人たちの嗜好なのか慣例なのか定かではなかったが、椎坐は清廉潔白なほどに、ただ助世富を側に置き続けたのだ。
 
「なぁ、椎坐、本当にいいの?」
 助世富は思わず確かめた。
「俺が何をしようとしてるか分かってる?」
「……ああ、おそらく」
 椎座は小さく呟いた。
「……でも、お前が辛そうに見えたから」
 椎坐は不器用に微笑みながら言った。
「俺は…… お前の望みを叶えられるのか?」
 椎坐の言葉は懺悔のようだった。

「……うん」

 助世富が頷くと、椎坐は少しだけ躊躇った後、その美しい唇を差し出した。

 震える口付けを合図に、助世富の張り詰めていた糸はぷつりと切れた。それは長い間、理性や感情を全て縛り上ていた大事な糸だった。張り裂けそうなほどに膨れ上がっていたものが一気に流れ落ちるかのように、椎坐の身体を掴んだ。上質な着物を剥がし取り、剥き出しの白い肉を乱暴に揉みほぐすと、椎坐は反射的に身をよじった。大きな胸の肉や太ももを乱暴に弄り、その剥き出しの首筋に噛み付くと、彼は鳥のように高く鳴いた。もしかしたら痛いのかもしれない。しかし気を遣う余裕などなかった。椎座の四肢を床に押し付けながら、その白く滑らかな肌を隅々まで撫で回す。女の肉とは違う力強い筋肉の弾力を味わいながら、触れるたびに膨れあがる素直な雄を眺めた。品のある香の匂いと、ほんのりと匂い立つ汗とが混ざり合い、とても甘美だ。思わず目の前で揺れる桃色の乳首を舐めると、筋肉がぴくんと可愛らしく跳ねた。女の飾りものみたいに色っぽい乳首を吸ったり、実用的に鍛え上げられた男の筋肉を一つ一つ丁寧に噛んだりしながら、いよいよその雄の根に舌を這わせた。
「……ぅ、あ……」
 反射なのか、本能なのか、彼は腕の中から逃れようと抵抗する。しかし助世富は無我夢中でしゃぶりついた。
「…ぁ、待て…っ、助世富!」
 椎坐は足掻くが、助世富は口淫を続けた。椎坐が髪をぎゅうぎゅうと掴んで痛かったが、それすらにも興奮してしまう。椎坐の雄が高まったところで助世富はようやく口を離した。

 真っ赤に腫れ上がった陰茎。そこは唾液と精液で水飴みたいに光っていた。天に向かってそそり立つ美しい雄を見下ろしながら、興奮と羞恥に染まる美しい人を眺めた。

「椎坐、気持ちいいんだ?」
 助世富はこの上なく満足だった。愛おしい主人が自分の奉仕で欲望に染まりつくしている。椎坐は沈黙だったが、物欲しげな顔をしているように見えた。助世富は着物の袖から “いちぶのり” の紙を一枚取り出し、脱ぎ捨てた。のりを口に含んでとろけた液体を指に絡め、それを少しずつ椎坐の尻の隙間へと塗り込んでいく。
「……ま、待て!それは……!」
 椎坐は顔を真っ赤にして見上げた。
「これ? いちぶのり。聞いたことくらあるでしょ?」
「違う、そうじゃない……あっ」
 狼狽する椎坐を横目に小さな穴をくりくりと撫でた。
「大丈夫。ちゃんと準備してからやるから」
 椎坐を絶対に傷つけたくない助世富は、丁寧に肛門の筋肉をほぐしながら、指先を少しずつ進めていく。途中、椎坐は何度もやめることを提案したが、指が二本ほど中に入った頃には大人しく按摩を受け入れ始めていた。
 助世富はもう一枚いちぶのりを口に含んで溶かした。葛粉と海藻で出来た紙は唾液と合わさりとろりとした液体になる。それを舌に絡めながら、助世富は椎坐の身体が二つ折りになるくらい押し広げ、とろけ始めた穴を舐めた。観念したのか椎坐は意外と大人しい。柔らかく解れていく穴を舌や指先で愛撫しながら見つめると、椎坐は恥ずかしそうに目を背けた。

「……ねぇ椎坐」

 愛撫に恥じらう椎坐を見つめながら、助世富はすぐ側で囁いた。

「女の人を抱くより、ずっと大変なんだな……」

 受け入れる身体を準備するために、二人は長い時間を費やしていた。それは興奮に忠実な男にとって痺れをきらすほどの忍耐だった。今すぐにでも抱きたい。しかし女の身体とは違う。目の前に旨そうな肉があるのに手に入れることが出来ない空腹の獅子のごとく、欲望が迷子になりそうだった。遊女屋の女を抱くために、これだけの時間を耐えることは出来ない。

「でも俺は、こっちの方がいいや……」

 助世富は掴んでいた足を離し、椎坐の頬に口付けた。

「椎坐がいい…… 椎坐じゃなきゃ、やだ」

 懇願するようにじっと見つめると、椎坐は助背富の身体を抱きしめた。寄り添う肌の隙間で、二つの雄が熱く張り詰めている。助世富は椎坐の肌を吸いながら、彼の内側を丁寧に按摩し続けた。
「……さっきの勢いはどうした?」
 椎坐はポツリと呟いた。
「さっき?」
「獣みたいだった」
「……またすぐ、獣に戻るけど?」
 目の前の瞳を覗き込んでニヤリと笑うと、椎坐は呆れたように笑った。
「俺のこれ、もう入るかな?」
 助世富は身体を離して自分の雄を椎坐に擦りつけた。なかなか立派に成長したそれは今か今かと絶頂の時を待っている。
「……それは、どうかな……」
 椎坐は眉を潜めた。

 それからしばらく、二人は抱きしめ合っていた。ピッタリと寄り添う肌を撫でながら、長い口付けを繰り返し、見つめ合う。その間、助世富は椎坐の身体を丁寧に解していく。互いにいたわり、確かめ合う。まるで深く愛し合う恋人のような時間に助世富はまどろんだ。腕の中の人が愛おしくて仕方ない。椎座も同じ気持ちでここにいるのだろうか? しかし何度見つめても椎坐の奥底が見えないような気もした。その眼差しも、指先も、唇も愛おしげに見える。それなのにまだ彼を掴めていないような気がする。
「……そろそろ、いいんじゃないか?」
 助世富の不安をよそに、椎坐はすがるように甘く囁いた。その瞳は物欲しげに揺れている。その様子に助世富も限界だった。椎坐の足を抱え直し、すっかり柔らかくなった穴に男根をあてがい、少しずつ腰を押し入れる。そこは思ったより滑らかに助世富を受け入れていく。
「……う、あ…あ……」
 椎坐は背中を弓のようにしならせた。甘く掠れた声が呼吸の間からこぼれ落ちる。
「痛くない?」
「い、いいから、続け、ろ……っ…」
 椎坐は苦しそうに息を吐いた。しかし今更止めるわけにもいくまい。助背富は根本が見えなくなるまでゆっくりと腰を進めた。
「椎坐?」
 後穴がしっかりと咥え込んでいる。少しだけ腰を引けば、ぬるりと穴が収縮し、その白い足が切なげに震えた。眩暈がするほど妖艶な光景に助世富の興奮は脳天を突き抜け、たまらなくなって腰を動かすが「待て、動くな」と苦しそうに喘ぐので、もどかしくも腰をピッタリと添い寝させるに留めた。
「そろそろ、動いていい?」
「まだだ……」
「……まだ?」
「待て……」
 そんなやりとりをしばらく繰り返した後、我慢の限界値を突破した助世富は、強張った足を掴んで腰を揺り動かした。
「……っ、あ、……」
 椎坐は顔を歪めて熱い吐息を漏らした。ぬるぬると陰茎を咥えたそこは、出し入れをするたびに少しずつ柔らかくなっていく。段々と抽送が滑らかになると、椎坐は腰の動きに合わせて甘く鳴きはじめた。その声に助世富の腰は細い針で刺されたかのように甘く疼く。雪のような白い肌は熱で桜が咲いたみたいに華やぎ、しっとりと汗ばんでいた。その肌を撫でると、悩ましげに眉を潜めて首を横に振る。滴り落ちる汗。とろりと蜜を溢し続ける雄。その全てに助世富は見入ってしまう。ゆるく腰を動かすたびに駆け巡る甘い痺れに浅い絶頂を感じながら、美しくよがる主人を見つめた。

 助世富は主の名を呼びかけた。すると閉じた瞼を持ち上げ、そっと助世富を見つめた。金色の睫毛がパサパサと揺れ、またすぐに瞼を閉じる。再び呼びかけると、健気にもその金色は再び扉を開いた。その奥に覗く翡翠の瞳はとろけて飴玉みたいに甘く、そして感情に満ちていた。
 その瞳に、助世富はもう歯止めがきかなかった。目の前の雄を掴み、抜きながら、我武者羅に腰を打ちつける。椎座が悲鳴にも似た声をあげるが、止まらなかった。
「……あ! あ、あっ! 助徐……!」
 懐かしい名前は助世富の心を優しく締めつける。名を呼ばれるのが嫌いだったのに、今となっては愛おしい。助徐と呼ばれていたたあの頃から、ずっと椎坐を愛していた。自分が思うより、ずっと、ずっと、長いこと、椎坐が大好きだった。その椎坐を今、この手で抱いている。助世富の心は歓喜に咆哮した。
 溢れんばかりの欲望のままに腰を動かし続けると、椎坐がひときわ甘く喘いだ。目の前の雄が白い露を飛ばし、主人の顔が恍惚に歪む。
 その全てを見届けたとき、助世富は満たされるように、深い絶頂の果てに落ちていった。

 頂きの果て、そのさらに真っ暗な夜の果てまで行くと、そこにも白い雪があった。それは冷たいはずなのに随分と温かく思えた。あんなに恐ろしかった暗闇も、冷たい雪も、本当は優しいものなのかもしれない。助世富はしばらく夜の雪原に立ち尽くした。そこはどこまでも穏やかで、どこまでも静かだった。

 目を開くと、薄らと外が明るくなっていた。助世富は布団の中で夢と記憶をたぐり寄せる。すると、すぐ隣に温かい肌があった。それはまだ小さな寝息を立てていて、助世富は身体に残る熱が夢ではないことに胸を撫で下ろした。すぐ隣の人は、裸のまま穏やかに眠っている。丁寧に結い上げられていた髪は下ろされ、思わず触れたくなるほど美しい寝顔に華を添えていた。助世富は思わず、その全てをまじまじと見つめる。いつも一緒にいたのに一度も見たことのなかった、驚くほど気の抜けた姿だった。助世富はその様子にささやかな幸せを感じながら、主人が目覚めるまでの静寂にしばし酔いしれていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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