パンプキンアイスの罪

 
 
 

 秋というのは素晴らしい季節である。黄金色に輝く街路樹。澄み広がる青空。スパークリングワインが弾けたみたいな甘い空気。世界中が一年の実りを祝福しているかのように、キラキラと輝いている。世界一忙しない街ニューヨークですら、この季節だけはたっぷりとイベントを謳歌する。そして秋と言えばやはり “パンプキン” である。

「パンプキンチーズケーキ、ワンスクープ」

 ジョセフはアイスクリームケースの前で真面目な顔をしていた。注文を受けた店員はジョセフの指示通り、パンプキンチーズケーキアイスをケースからすくい、再びジョセフを見た。
「…あー、うーんと、そうだな……」
 ジョセフはこの上なく真剣だった。選べるのは3スクープ。どの味を組み合わせるかは、ジョセフにとって株の銘柄を決めるくらい重要なことだった。この秋のひとときをどのテイストで味合うか。これはその日の運勢を左右するくらいに重大なことなのだ。
「………えと、じゃあ……ピーナッツバターブラウニー……」
 そして何よりも一番キーになるのはこの2つ目のスクープ。今日はパンプキン味のアイスを満喫すると決めていたので、つまり最初と最後のアイスはパンプキンチーズケーキで決まりだ。間の箸休めにどの味を置くべきかでこのトリオのハーモニーが決まる。
 店員が指示通りのアイスを乗せたのを確認し、ジョセフは最後のアイスを注文する。店員は「またパンプキン?」といった顔をしたが、ジョセフはこの上ない笑顔で念を押した。

 言うまでもなく、ジョセフ・ジョーンズはアイスクリームを愛している。

 もちろん好きな食べ物は?と聞かれて「アイスクリーム」と答えることはないが、10個くらい並べていけばアイスクリームがランクインするくらいには好きだった。
 しかし最近は筋トレに力を入れる “約束” をしてしまったので、甘味や脂肪分の摂取は極力控える生活をしていた。誰とそんなクソみたいな約束をしたのかだって? それは最近出来た “とっても高飛車でハンサムな、とびきり色っぽい恋人” と、だ。
 今までは好きなものを好きなだけ食べながらトレーニングをするスタイルだったが、ジョセフのあまりの暴飲暴食な生活を見兼ねた恋人はすぐに健康的な食事を手作りするようになった。そうしているうちに、筋肉に適したメニューなんかも細かく助言するようになり、近頃は間食にも指示が入るようになったわけだ。とはいえ、そんなものに全部従うわけもなく、ジョセフはこうして恋人の目を盗んでは甘味やストリートフードを楽しんでいるのだった。

「こちら、12ドルになります」
 綺麗な3段重ねのアイスが、コーンの上で行儀よく並んでいるのを確認し、ジョセフは料金と引き換えにそれを受け取った。そして店の窓からぐるりとストリートを見渡す。あまり家から近いと恋人に見つかる可能性があるため、わざわざ5ブロックほど離れた場所にあるアイスクリーム屋まで来ていたのだが、念の為周囲に恋人の姿がないかをチェックする。
 問題なし。
 ジョセフは車の後方確認を済ませたような気持ちで、アイスクリーム屋の裏にある小さな公園へ向かった。
「ここなら大丈夫だろ」
 ジョセフはベンチに座り、綺麗な3つの丸いアイスを改めて眺める。パンプキンカラーとブラウンカラーの不健康で魅惑的なトリコロール。見るからに甘くて幸福な味のしそうな三兄弟にジョセフは思わず笑みをこぼした。少し傾き始めた陽の光に照らされ、コイツらも満更ではなさそうだ。早速一番上のアイスにペロリと舌を這わせる。すると一口で口の中いっぱいにパンプキン味が広がり、まさに秋。頭の中がパッと紅葉した。
「ぅんまぁい!」
 ジョセフは思わず夢中になってアイスを頬張った。あっという間に1つ目のアイスがなくなる頃、ほんのりと甘いピーナッツバターの味が混ざりこみ、更に胸がキュンとなった。ああなんという幸せ。

「あ……!」

 すると突然、公園の入り口から男の声が聞こえた。ジョセフが思わず目をやると、その男は背中を向けて公園から出て行こうとした。ジョセフはその後ろ姿を見るなり思わず硬直する。そそくさと歩きだす背中。秋色になびく金色の髪。残念ながら、毎日見ているその姿を見間違うはずもなく……

「シーザー!?」

 犯行現場を見られたジョセフは一瞬にして青ざめた。しかしなぜかシーザーはそんなジョセフを咎めるでもなく、さっさと公園から出て行ってしまった。
「おい!シーザー!」
 もしかすると怒りを通り越して呆れ果ててしまったのかもしれない。ジョセフは慌ててシーザーを追いかけた。
「シーザー!ごめん!どうしても食べたくて……!」
 追いかけながら思わず叫ぶと、周りの人間が一斉にジョセフを見た。2メートル近い大男が猛ダッシュをしながら叫んでいるのだから仕方ない。
「分かったから叫ぶなバカ!」
 シーザーはようやく足を止めた。しかしなかなか振り返ってくれない。ジョセフは恐る恐るシーザーの腕を掴んだ。
「ごめん……アイス……その……」
 ジョセフが口ごもると、シーザーは肩を震わせ始めた。これは間違いなく怒っている。怒りに震えるシーザーをなんとかなだめようと、ジョセフは慌てて言い訳を探した。
「…あ、あんまりにも、その、アイスクリームが食べたくて……だから、えっと……」
 まだシーザーはぷるぷると肩を震わせている。ジョセフは必死に言葉を探した。
「えと……それに、ほら秋だし。秋ってパンプキンのスイーツ食べたくならない? だからどうしても……だから……ごめん……」

「…フ……フフ……ジョセフお前、マジでそれ思ってんの?」

「え!」
「…フフ、アイスくらい……気にしねぇよ、普通………ほんと、ば、か……ばかすぎる……フフ…ハハ…」
 シーザーは振り返るなり面白いものを見るような顔をして、声を出して笑い始めた。そしてその手の中には小さなカップがあり、三色のアイスクリームが可愛らしく鎮座していた。
「あー!シーザーも買ってたの!?」
「お前に間食厳禁とか言いながら食ってるのバレちまうなぁって思ってさ……悪い」
「なーんだ。先に言えよ」
「悪い悪い。フフ……面白くて、つい……」
 シーザーの手元にあるフレーバーは黄色いと緑と白の綺麗な配色で、ジョセフは思わずまじまじと見つめた。
「それ何味?」
「ハニーコンボと、シシリアン・ピスタチオと、バニラ」
「うまそー! なんかシーザーっぽい」
「ジョセフのは? なんか随分と甘ったるそうだな……」
「パンプキンチーズケーキと、ピーナッツバターブラウニーと、パンプキンチーズケーキ」
「……馬鹿みたいな味だな」
「そんなことないよ! すげぇ美味いんだから!」
 ジョセフは食べかけのアイスクリームをペロリと舐めて笑って見せた。
「まったく……まぁせっかくだし、さっきの公園で食べるか」
「うん! ねぇ、それ一口ちょうだい」
「やだね。お前の一口、バカみたいにでかいんだもん」
「えー! ちょっとだけ、ほんの少しでいいからさ……だめ?」
「まったく……」
 シーザーはため息をつきながら、結局ジョセフにアイスクリームを差し出すのだった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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28歳と30歳とは思えない会話ですね…。ジョセフはコーン派。シーザーはカップ派な気がしています。
モデルのアイスクリーム屋さんは>>こちら