
ある町に「何もしない人」がいた。
仕事もしない。文句も言わない。主張もしない。ただ毎日、同じベンチに座って同じ方向を見ていた。
最初はみんな気味悪がった。次に噂が増えた。
「あの人は昔すごい画家だったらしい」
「いや、国家機密を知りすぎた科学者だ」
「世界の終わりを待ってるんだって」
人は勝手に物語を足していく。ある日、子どもが聞いた。
「ねえ、何してるの?」
その人は少し考えてから言った。
「見てる」
「なにを?」
「みんなが、勝手に意味を作っていくところを」
子どもは首をかしげて走っていった。
数年後、その町は観光地になった。
“何もしない人のベンチ”
写真を撮る人、考察する人、論文を書く人、グッズを売る人。でも、肝心の本人はいなくなっていた。
代わりに、ベンチに小さな紙が残っていた。
“意味は、置いていくものじゃなくて、勝手に増えてしまうものらしい”
それを読んだ人たちは「深い」と言いながら、また新しい意味を足した。
たぶんこの話で一番 “何もしていない” のは、最初のその人じゃなくて、
最後まで自分の意味を問わなかった、私たち