バイバイ、遠い日。

 
 
一応、夏の雨のいたずら の続き、その日の夜のお話しです。R-18なのでご注意。

 
 
 
 
 
 
 雨が降った後の、海の底みたいな空気がまだあちこちに残っている。
あの時降った雨は、まぎれもなく夏の雨で、神様のいたずらみたいに一瞬だけのひと時だった。

 僕は幼い頃、何度かあの神社に遊びに行った。あの頃は毎夏一か月近く、祖母の家で家族と過ごしていたから、地元の夏祭りに足しげく通ったし、近所の子どもたちと何も考えずあちこち走り回っていた。

 まさかあの場所に亮と行くことになるとは思ってもみなかった。もう随分と行っていなかったけれど、まるで昨日のことのように色んなことを思い出した。古い記憶が、僕の内側から僕自身を無遠慮に蝕んでくるものだから体中がくすぐったかった。
 この土地の人は、僕が物心つく前からずっと僕を見てきたような人たちだから、だからこそ、昔の僕やこの土地のことを何ひとつ知らない亮のような人が毎日好奇の目をしている様子がとても新鮮だった。僕はこんな場所に亮がいるということがとても不思議で、とても愛おしくて、暗闇に浮かぶ彼の素肌に誘われるようにいつの間にかキスをしていた。

「優一、これの続きってある?」

 唐突に投げかけられた声に、想い出の世界から現実へ意識が引き戻される。畳で大の字になって寝転ぶ亮は、部屋にあった古い漫画を順番に読み漁っていた。雨に濡れた僕らはそのまますぐに家に帰って熱々のお風呂に入り、祖母が用意した温かいご飯を食べて、まだ少し雨の匂いが残る清潔な空気に包まれながら、夜のとばりをのんびりと過ごしていた。

「うーん、どうだろ。たぶんあると思うけど」

 僕は亮が読んでいる漫画の表紙を確認したものの、なんとなく起き上がる気になれなくて、天井に浮かぶ木の目模様に視線をぶらぶらと彷徨わせていた。

「優一?」

 そんな僕の様子を気にしてか、亮が顔を覗き込んでくる。少し心配するような、不思議がるような、きょとんとした表情がそこにはあって、そんな表情を作り上げている彼の涼しい目尻の形や、綺麗に筋の通った鼻先、そのふんわりとした白い肌なんかをぼんやりと眺めた。

「優一、どうした? 眠いのか?」

 薄暗い部屋には、和紙で作られた間接照明がいくつか置かれているだけで、空間全体がぼんやりとしている。人の生活に合わせてデザインされた柔らかい光。深くはない闇。それは先ほどの神社とは全然違う色だったけれど、薄暗い空間の中に浮かぶ亮の瞳は先ほどの欲望を思い出させる。いつ見てもとても魅力的な、そのたっぷりと優しい海を抱えたような純粋な瞳に、僕はまたとらわれてしまいそうになる。

「……亮…………」

 僕は僕を見つめるその光を捕まえたくて、彼の頬にそっと指を這わせた。想像以上にさらさらした皮膚の感触。僕の指先が触れるとぴくりと少しだけ身体を震わせた。

「……? 優一?」

 いぶかしげな様子を取り巻きながらも、亮の瞳は既に期待で揺れているように見えた。僕はそのままゆっくりと彼の首筋に指先を這わせ、出来るだけ優しく彼の身体を引き寄せる。
 なされるがまま、というかむしろ、亮も自ら僕の方に身体を寄せてきて、僕らはあっという間に唇を合わせていた。

 
 
 
 
 
 
 

2.

 
 
 
 
 
 
 

「……ふ、ぅ……あっ………ぁ……」

 ここに来て何度目になるだろう。僕らは会えなかった時間を必死に埋めるかのように何度も何度も肌を重ね合わせていた。なるべく祖母が外出している時間を狙っていたけど、それぞれが寝室に入ってからはあまり気にしないで抱き合った。祖母は一階の寝室にいて、僕らはあえて二階の部屋を借りていたから、祖母がわざわざ苦労してまで二階に上がってくることはあまり考えられない。それでも万が一ということはあるので、祖母がいる時はいつも少しだけハラハラしていた。

「優一、声、大きい……」

「……っ、だっ……て………っ……」

 僕の太ももを掴みながら、ゆらゆらと身体を揺らす亮が少し余裕のない表情で見下ろしてくる。僕の中をたっぷりと満たしている亮の性器が、じっくりと内側を擦り上げてくるから、身体の奥に隠していた欲望が蛇のようにぞろぞろと這い上がってきてしまう。

「……う、ぁ……それ……い、や………」

「……ん? これ?」

 最近の亮は僕が「いや」というたびに、同じことをもう一度繰り返してくる。以前はいやだと言うと不安げな様子で行為を止めていたけれど、僕の「いや」が本当に嫌なのかどうか、彼なりに確かめているようだった。
 同じ場所を同じように突かれて、僕は思わず喉の奥からはしたない声が漏れてしまう。すると亮は僕の足をさらに大きく開かせて、同じ場所を何度も突き上げてくる。ずんっずんっと押し付けられた熱い塊が僕の欲望を圧迫し、そこからじんわりととろけるような痺れが湧き上がってくる。

「……あっ……ぁ、…ぁ……っ……」

 熱くとろけだした中心から、甘くジンジンとした感覚が電流のように全身の内臓へと伝播し、何かに枯渇したかのように頭がくらくらする。突き上げられるたびに、感じたこともない切ない心地が全身を駆け巡り、目がちかちかして意識がどこかへ消えてしまいそうになる。それなのに、亮は何度も何度も容赦なく僕の奥を突き上げて離してくれない。でも、離して欲しいわけじゃない。離して欲しいわけじゃないんだけれど、でも、このままだと身体がどこかに行ってしまいそうで、怖い………

「………りょう、やっ………や、め……ぁ……お願い…………」

「……ゆう、いち?…………大丈夫か?」

 思わず懇願すると、亮は繰り返していた腰の動きを止めてくれた。まだ身体の奥がじんじんと震え、体中が痺れてぼうっとする。

「………優一? ごめん………痛かった?」

「………ぅ、ううん………ち、がう………大丈夫」

 あのまま続けていたら僕はどうなっていたのだろうか。本当に意識が飛んでどうにかなってしまうのだろうか。
 今日はもう既に身体の奥がすっかり熱い。どうしてしまったのか。
 目を閉じたまま呼吸を整えていると、亮の指先がそっと僕の頬を撫でるのを感じた。僕はその心地につられるように閉じていた目蓋を持ち上げて、亮の顔をそっと見つめる。すると、熱に揺れる瞳が少し不安げな様子で僕を見下ろしていた。

「優一、大丈夫? 今日はもうやめにした方がいい…?」

 心配そうな顔をする亮は、何かを失うことをとても恐れているように見えた。

「………ううん、大丈夫。だから………最後まで、しよ………ね?」

 出来るだけ余裕を持って彼に語りかける。僕の言葉に少しだけ亮のこわばりが解けたように見えた。

「………わかった。ゆっくり、やる……」

「………うん、ありがと」

 いつからだろう。彼がこんなにも僕の言葉をしっかりと受け取るようになったのは。僕の言葉、表情や行動をじっと観察して素直に真剣に応えようとしてくれるから、全く本当に愛おしい。そんな可愛らしい亮に口づけをすると、それを合図に、亮は僕の足を抱え直しゆっくりと腰を沈めてくる。僕もまた、それに応えるように亮の腰に足を絡ませ、彼の背中に腕を回し、ゆっくりと抱きしめた。ぴったりとお互いの全身をくっつけ合わせると、あまりの気持ち良さに思わず声が漏れる。

「……は………ぁ…………っ、りょう…………」

 熱い肌を感じながら、ゆっくりと動き出した亮の熱い欲望をぎゅうと内側から締め付ける。亮が動くたび、彼の熱を離さないよう同じリズムで内壁を絡みつかせてみる。

「………っ、ゆう、いち………ぁ、中、うねってる………」

「……ん、………りょ、う、きもちい…………」

「………お、れも……」

 全身が甘く疼き、繋ぎ目が痺れてたまらない。無我夢中で目の前の身体に四肢を絡ませ、抱きしめ、すがりつく。段々と性急になっていく腰の動きに、僕の内側がぐちゅ、ぐちゅとはしたない音を立て始める。

「……ぁ、ぁ……っ…………や、っ…ぁ……っ……」

 僕は身体の中にじんじんと響く大きな波のようなものを感じ、迫っては引き、迫っては引くその満ちひきに身体の感覚がどんどん奪われていく。こんな感覚は初めてで、あまりの気持ち良さにただただ流されるしかなかった。

「……う、……あっ、……ぁっ………っ!…」

「ゆういち、声大きいってば……!」

 僕の声を飲みこむように、亮は乱暴に唇を奪った。お互いのくぐもった声が静かな寝室に響き渡る。
 幼い頃から知っているこの部屋で、こんなことをするなんて一体誰が考えただろう。この部屋に入る度に、僕の脳裏には小さな僕自身が駆け回っていた。古い漫画に読みふける僕、自由研究のノートを広げる僕、母親から隠れてこっそりインターネット掲示板を検索する僕…… そんな記憶の中を漂う幼い僕の幻影が、時々そっと僕を見ているような気がしたから、だから余計に、亮と結ばれるたびに身体中がくすぐったくて、恥ずかしくて、どうしていいか分からなくなる。

「……優一、大丈夫……?……気持ちいいの?」

「…っあ、あっ……りょう、りょうっ………!」

 恥ずかしくて苦しくて、それなのに甘くて頭がぐらぐらしてくる。自分を見失いそうな刺激に、思わず亮の背中に爪を立てて抵抗する。

「……ゆういち、お前、どうした?……」

「…っはぁ、……ぁ、だ…って……こんな…………」

「…ったく、今日はどうしたんだよ? 声聞こえたって知らねーぞ……」

 だって、こんな……いつもだったら、こんな風にならない。でも今日は全ての刺激が驚くほど甘いんだ。
亮が抱き寄せていた身体をいったん離し、顔や身体の全部がちゃんと見えるくらいの位置から見降ろしてくる。きっと僕の全部が丸見えに違いない。亮は畳につきそうなくらい僕の足を大きく開かせたまま、太ももをしっかりと掴んで離さない。

「……亮、そんなに……見ないでよ………」

「やだ……」

 亮はお互いの結び目をうっとりした目で見つめ続けている。その眼差しは、いつもの幼さの残る彼からは信じられないほど大人の男の気配がした。
 全身がむき出しにされたまま、亮が再び動きを再開する。突き上げられるたびにとろとろと甘い感覚が駆け巡り、気持ちよくて仕方なかった。どうしようもなく恥ずかしいはずなのに、彼に見つめられている場所がどんどん熱くなっていく。

「…っ…ぁ、あ……亮…、ぼく……も、う……」

 亮が僕を見ている。裸のまま、欲望の趣くままに抱かれて、全身が熟れた熱に浮かされてしまっている僕を、亮は熱い眼差しで余すことなく見つめてくる。
 亮が腰を深めるたびに、僕のおしりはでんぐり返しが出来そうなくらい天を向いていた。すっかり足を宙に開いてしまって凄く恥ずかしい。激しく身体を揺さぶられ、とろとろにされ、もうどうしようもないくらいに亮にすっかり抱かれてしまっているということを自覚したその瞬間、弾けるような甘い痺れが駆け上がってきた。

「……あっ……ぁぁ………!!!」

 甘い波が防波堤を超えるほどに高く高く飛び上がった時、ああ、壊れる…!そう思った。

「……っ………あ、ぁ……っ!」

一瞬、全てが白い光に包まれたような気がした。

 
 
 
 
 
 
 

Ep.

 
 
 
 
 
 
 

 どのくらいの時間が経ったか分からなかったけど、しばらくすると、意識や視界、様々のなものが輪郭を取り戻し、そしてそこにいる亮の体温や肌の感触をしっかりと感じ始める。気が付けば僕らはすっかりお互いの体液でぐちゃぐちゃに汚れており、肌がべたべたになっていた。

「……はぁ……なん、か、凄いことになってるね………」

「………誰のせいだと思ってんだ」

 僕のせい?と少し気まずい気持ちを抱えながら亮に問いかけると、八割方あんたのせいだ、と気だるそうな声が返ってきた。
 まだ全身が熱くて気怠くて、僕はそのまま四肢を投げだしたまま寝転がっていた。僕の腹の上で項垂れていた亮がゆっくりと身体を起こすと、肌の隙間に少しだけ冷えた空気が忍び込む。雨上がりの夜の空気が皮膚を撫で、熱に浮かされていた意識が徐々に冷静になっていく。
 起き上がった亮が箪笥から新しいタオルを持ってきてくれて、すっかり汚れてしまった僕の身体を優しく拭いてくれた。

「優一、大丈夫だった? なんか今日、その…………いつもより、凄かった。」

 なぜか亮の方が恥ずかしそうに目を背けている。恥ずかしいのは僕の方だよ。

「……ん、よくわかんないけど、今日の亮、気持ちよかった」

「そ、そうか、なら、いいけど」

 なぜかほっとした様子でちらりと僕の方を見るものだから、亮の目に僕はどんな風に映っていたのだろうかと少しだけ不安になる。でも、考えるだけでも恐ろしいからあまり考えないようにする。

「ていうか、優一、背中やば…………」

「………………え!?」

 亮が僕の背中を指さしながら顔をしかめる。背中を見るとくっきりと赤く網目のような跡がびっしりと刻まれていた。
 畳の跡だ。今日は珍しく布団もひかないで事に及んでしまったから仕方がない。

「亮が無茶してのしかかるからだよ」

「いや、そう……かもしれないけど。それ、痛くないのか?」

「うん。大丈夫。というか、亮だって、ほら、膝のところ凄いよ」

「げ、本当だ」

 膝にくっきりと刻まれた血の滲むような畳の跡は、先ほどの情事がいかに激しかったのかを物語っているようだった。少し思い返すだけでも顔が熱くってなってきてしまうくらい、すっかり欲望におぼれていたことを思い出す。何だか居たたまれない気持ちになってきて、僕は思わず自分の顔を覆った。

「お、どうした。なんか思い出してきたか?」

「んー。色々と。亮、今は何も言わないで………」

「はーい。先輩」

 今先輩とか言うなよ、と言いたくもなったが、余計に恥ずかしい気持ちになりそうだからそのまま受け流すことにした。
 以前は、少なくともこの家に来る前までは、むしろ僕が亮をリードしていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。亮の希望に応えたい気持ちも確かにあったけど、でもそれはあくまでまだ亮が不慣れだったからで……
 そんなことを悶々と考えていると、亮が僕の背中の畳跡を無遠慮にちょこちょこと触ってくるものだから、色々考えたり悩んだりすること自体が無駄なんじゃないかと思えて仕方なかった。実際に僕はもう、亮とこういう形で過ごすことをすっかり望んでしまっている気がしている。

「とにかく、もし次やるときは、お布団敷こう」

「はいはい」

 やる気のなさそうな返事。相変わらず、肘をつきながら楽しそうに背中の跡を触っているものだから、さすがの僕も亮に一発何か仕返しをしたくなった。

「もう……!人の話ちゃんと聞いてよ……! うう、このっ!くらえっ!」

 僕は身を翻して完全に油断していた亮の背中の上にどかっと馬乗りになり、思いっきり尻餅をお見舞いしてやった。

「うげっ!ちょっとそれは卑怯だぞ!」

「卑怯なんかじゃないよ。日頃の仕返し」

「え、俺、そんなになんかやらかしてた!?」

 あまり本気では抵抗してこない亮の反応をいいことに、後ろから脇腹にかけてつんつんつんと指先でつついていく。それに合わせてびくびくっと身体を跳ねさせるのが面白くて、僕はそのまま渾身のくすぐり攻撃をお見舞いした。するとさすがの亮もかなり焦った様子で抵抗してきた。

「あっ、あ! ちょ、それはだめ!優一!タンマ! あっ、ちょっ、あっ………」

「えへへ、だーめ。タンマなし!」

 手足をバタバタさせながらなんとか身体を起こそうとする亮を後ろからしっかりホールドしつつ、その無防備な素肌を容赦なくくすぐる。しかしさすがの亮もされるがままというわけにはいかなかったようで、僕の身体を必死に押しのけながら抵抗してきた。お互いの激しい攻防の末、結局僕らは真っ裸で抱きしめ合っていた。

「はぁ、はぁ、次やったら絶対許さないからな……!」

「あはは、亮ってくすぐりに弱いんだねー」

 顔を真っ赤にしながら僕のことを睨む亮の様子にすっかり満足した僕は、そのまだ幼さの残る彼の身体をぎゅうっと抱きしめる。
 僕はもうすっかり亮のことが大好きだ。そう、僕は恋をしている。そして彼を愛している。僕は、僕の幼い幻影にそう伝えたい。

 以前だったら感じていた、何かに吸い寄せられるようなエネルギー。地面からぐんぐんと引き寄せられる確かな重力。目覚めるたびに世界の全てが語りかけてくるかのような、自然たちの温かな宴。
 そういえばいつの間にか、僕はそれらを遠い日々のように思っていた。いつからかそれは幻のような気がしていた。いつからだろう。はっきりとは思い出せそうにない。ただそれらのメッセージを、僕は遠い記憶としてそっとしまい込んだとしても、その心地だけは、いつでもはっきりと思い出すことができる。
 どこか遠い街に出かけても、見知らぬ誰かに出会っても、こうやって亮という大好きな人と過ごしても、僕はきっと忘れることはないのだろう。

バイバイ、遠い日。
バイバイ、僕の幼い幻影。僕はもう行くよ。

 隣で寝転ぶ亮の髪を撫でながら、僕は遠い日の想い出をそっと胸に仕舞った。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>> 亮優の夏休みに戻る
>> 小説 FunFiction ページに戻る