夏の匂いはいつかの想い出(前編)

 
 
 期末試験の最終日。試験は午前中の二限で終わりを迎えた。

 さすがに最近はゲームのやりすぎで成績が下がり気味だったので、今回の試験は少しばかり力を入れて挑んだ。いつもはあまり干渉してこない母親に小言を言われてしまったからには仕方ない。ゲーム禁止令など出された日にはたまったもんじゃないから、流石に学生らしく勉学に励むことにしたのだった。普段から授業はちゃんと聞いてるし、復習さえ今まで通りちゃんとやればどうということはない。だがネットゲーム・The Worldへはアクセスできなくなって約一週間弱。自分を律して勉強した分、この解放感といったらない。そして、それを喜ぶかのような青く清み渡った夏の空———————

「よっしゃあぁぁ。今日はゲームするぞー!」

 思わず独り言を叫んでしまう。近くにいた友人に、このゲーム廃人めと冗談じみた嫌みを言われたがそんなのは構いやしない。だって、これでやっと大好きな恋人に会えるんだから。

 俺はさっそく携帯端末を開き、ざっとメールをチェックをする。
 俺の大好きな人、「森野優一」の名前を探す。今日ようやく試験が終わったことを伝え、ゲームに誘おうと思ったのだが、既に彼から一通のメールが届いてた。俺は胸を躍らせながらそのメールを開く。

 
 

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亮へ

おはよう!元気にしてる?
突然なんだけど、実は今、東京に来てるんだ。
以前参加したボランティア団体の依頼を手伝うことにしてたんだけど、
亮、忙しそうだったから、連絡してなかったんだ。急にごめんね。
東京に来たら、やっぱり亮に会いたくなっちゃって…。
もし暇だったら連絡してね。

優一
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 文面から滲み出る人の良さはゲームキャラクター、シラバスとほとんど変わりないくらいで。しかし最近気がついたのは、自分とリアルでメールをする時は彼特有の顔文字がほとんど使われないということだ。彼に以前、なぜあんなに顔文字を使うのか興味本位で尋ねたら、文章だけだときつくなってしまうからと言っていた。それを聞いて他人に対してそこまで気を遣う必要があるのかと思ったが、今こうして顔文字を使わないでメールを書いてくれるということに、変な気遣いをしていない、彼の素の状態を垣間見ているような気がして、少し嬉しくなるのだった。

 俺はすぐ様そのメールに今すぐにでも会いたいこと、最寄り駅などの情報を乱雑に明記して返信した。
優一は割とすぐメールに返事をくれるタイプではあったけど、俺にとって返信を待つ数分間はとにかくもどかしくて仕方なかった。まるで永久の時間のように長々と感じてしまう。そんな時間に翻弄されることに耐えられそうになかったので、とりあえず、気を紛らわすべく帰路につくことにした。そういえば今日は両親が仕事で家にいない日だ。夕飯までには帰ると思うが、それまでだったら優一さんに会えるかもしれない。早く会いたい。できるなら今すぐにでも会いたい。すると、ブルブルと携帯端末が振動する。俺は直ぐさま確認すると、また「森野優一」の文字が画面から飛び込んでくる。

 
 

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試験終わったんだね!良かった!
最寄り駅教えてくれてありがとう!調べたところすぐ隣駅みたいなんだ。今から行けそうだけど、大丈夫かな?

優一
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 ああ、まったくなんてこった!俺は思わずにやけてしまう。俺は今から駅に向かう旨を返信し、家ではなく最寄り駅へ全力疾走で走った。まさか東京で、しかも自分の地元で優一さんに会えるなんて!しかもこんな素晴らしい日に!胸の高鳴りが抑えられず、俺は思わず、ひゃっほう!と馬鹿みたいな声で叫んでしまった。

 
 
 

 歩いたら10分程の距離だったが、走って来たため5分足らずで駅に着いてしまった。さほど広くはない改札の前で俺は手持ちぶさたに愛しい人を待つ。うっかり学校帰りのまま駅に向かってしまったので、制服と学生鞄という出で立ちになってしまった。ちょっと焦りすぎたかな、一度家に帰って着替えてから来れば良かったかもしれない。これから会う人が大学生で、しかもわざわざ東京までボランティアをするような大人だというのに、自分は何の変哲もない学生であること丸出しなのは少し気後れする。
 でももう仕方がない。それよりも、今日は何をしようか。せっかく地元まで来てくれたんだからとびっきりおすすめの店に連れて行ってあげよう。ああでも俺が知っているような店で彼を満足させられるだろうか。それに、もしかすると同じ高校の連中に見つかってしまうかもしれない。とはいえ、別に女子を連れて歩くわけじゃないし、もし見られても問題ないかな、などと色々な考えが次々と浮かび、悶々と考えこんでしまう。

「亮?亮だよね?」

 すっかり考え込んでいると、聞き覚えのある優しい声が鼓膜を震わす。俺は直ぐさま顔を上げると、目の前に、少しいぶかしげな表情を浮かべた森野優一が立っていた。

「あ、優一さん!久しぶり!」

「亮、学校終わりに来たの?」

 そう言うなり、俺の全身を物珍しそうに眺め、少し照れくさそうに笑った。

「あ、いや、知ってはいたけど、本当に高校生だったんだね。なんか、不思議な感じ」

 俺の制服姿が珍しかったようで、少し落ち着かない様子で彼はそう言った。
 久しぶりの森野優一は、以前会った時とさほど変わった様子はなかったが、相変わらず清潔感のある出で立ちで、深緑色のジャケットが細身の身体にフィットしてよく似合っている。

「それで、今日はもうずっと暇なの?昼飯食べた?」

 まさか本人に会えるとは思っていなかったから、突然の出来事に興奮が抑えられず質問ばかり投げてしまう。俺は目の前の大好きな人の腕をぐいぐいと引っ張りながら、自分のフィールド、自分の街へ、意気揚々と繰り出す。
 こんなに最高な日、何があっても絶対に忘れないぞ!と思いながら、綺麗な青空を抱きしめるように仰いだ。

 
 
 
 
 
 
 
 

2.

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…ねぇ、亮……ぁ、……っ…」

 澄み切った青い空。開放的な喜び。愛しい人が突然現れた時の胸の高鳴り。大好きな人一緒に食べる、最高にジャンクで高カロリーな食べ物をランチという名目で楽しんだあの幸福感。確かに、それは少なくとも高校生らしいとても健全で、晴れ晴れとしたひとときだった。しかし、今眼前に広がる光景はまるで昼下がりの不倫現場のように妖艶で、むせかえるような濃密な性の匂いが漂う官能的なものだった。

 何ひとつとして、衣類というものを身につけていない生まれたての姿で、まだ明るい太陽の光を窓越しに受けた森野優一の裸体が、今、自分のベッドの上で不安げに腰を下ろしていた。

「りょ、う。やっぱり………」

 顔を真っ赤にさせながら自身の身体をそっと抱きしめている姿を眺めていると、なんとも言えない突き上げるような興奮を覚える。

「大丈夫、まだ母さん帰ってこないから…」

「で、でも………もしかしたら」

「……大丈夫」

 不安を抱えた様子の彼の身体をそっと抱きしめ、柔らかい唇をたっぷりと吸い上げる。

「…ん、ふ…ぅ……っ…」

 鼻から甘く湿っぽい音を漏らしながら、俺の乱雑なキスを受け止める。少し湿気のある、それでいて清々しい夏の気配が、開け放たれた窓からさらさらと部屋に流れ込んできた。まだ電気をつけるには明るいが、日差しの影は蒼く、暗がりに浮かぶ恋人の白い肌が、魅惑的な様子で揺れている。日常、平凡、そんな言葉しか浮かばない自分の部屋に、大好きで大好きで止まない恋人がいるということも、その恋人が全身を、完全に、裸という姿で自分の寝具に佇ませているというこの状況が、どうしようもなくたまらない興奮をかき立てる。自分はまだ学生服のままでいるということに、目の前の裸の恋人はとても恥ずかしそうな、それでいて確実に興奮している様子で肌を震わせていた。

 
 

 
 

 なぜこのような状況になっているのかというと、平たく言えば俺が家に連れ込んでしまい、無理やり彼の服を脱がせた。ただそれだけのことだ。ただ、初めからこんなことをしようと考えていたわけではない。そう、最初は。しかし、一緒に食事をし、気持ちも空腹もすっかり満たされて、そんな気持ち良い気分の中、汗を滲ませながら嬉しそうに歩く恋人の姿を見ていたら、俺はどうしようもない欲望のうずきを感じずにはいられなかったのだ。俺はそれとなく、今日は家に来てもいいけど、暑いしさ、久しぶりにゲームもしたいし、とか、実は新しく見せたいグッズがあって、などと、上手い具合に口車に乗せ家に誘導させてしまったのだった。
 彼とこうして唇を合わせたり、肌を合わせるようになって約一ヶ月が経とうとしている。とは言っても、宮城に住んでいる彼とはなかなか会うことができず、ちゃんとそれなりに最後まで行為をしたのは、前回彼の家に行った時の一度きりだった。お互い不慣れな状況の中、手探りでお互いを高め合ったあの日を今でも鮮明に思い出せる。あまりの気持ちよさと興奮でほぼ一日中布団の上で過ごしたくらいだ。

「亮も、脱いでよ…」

 暑いでしょ、と言いながら、俺の身体にすがるように細い腕を伸ばす。この逃れられない状況に腹をくくったのか、それとも彼も段々と興奮してきたのかは分からないが、俺のネクタイをゆるゆるとほどき始める。確かに外の熱と自分の内側に沸き起こる熱とでとても暑かった。もう少しこの官能的な状況を楽しみたい気もしたが、俺は彼の誘導に従うように、ネクタイ、シャツ、そしてズボンと順々に脱ぎ捨てていった。丸裸になると、外から流れ込んでくる夏の空気が隠されていた欲望を刺激し、味わったことのない開放的な興奮を覚えた。俺を誘い、目の前で肌を震わせる彼が息を呑みながら俺の身体を眺めている。

「…きて………」

 導かれるように腕をひかれ、そのまま崩れるように彼の腕の中へなだれ込む。少し汗でべたつく熱い素肌が重なり合い、自分の知らない魔力のような誘惑に吸い寄せられ、自然と全身がとろけるように絡みあう。

「…あ…………」

 その気持ちよさに思わず熱い吐息が漏れた。俺はたまらなくなってその心地良い肌をぎゅっと抱きしめ、ぴったりと隙間なく肌を密着させた。

「は……あ… りょ、う…」

 同様に、抱きしめた彼も気持ちよさそうな甘い声を漏らした。

 
 
 
 
 
 

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後編に続く(R18)
 
 
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