―――――――俺の傍にいてくれ
そう言ったのはトグサの方だったか………
隊長に就任したトグサが誰よりも重圧を受け、苦心していたのは間違いなかった。
結局、俺を含め9課の連中は人の上に立つような器ではなかったし、合理性を求めて集まった兵士でしかない。都合の悪い部分は受け入れないし、組織よりも己自身を優先する。
だが、トグサだけは違った。
そして誰よりも早く決断し、行動し、9課という組織の改編を担った。
―――――――俺の傍にいてくれ
適材適所にメンバーが配置されていく中で、トグサは俺を専属の警護・秘書としての役割を提案した。例えバト-がここにいたとしても、トグサは俺を傍に置いたという。あいつは自分の下で働くような男ではないと。
俺自身、ボスの下、そしてその最も近い場所で働くことは何よりも好ましい条件だったし、この巨大組織になった今、俺に出来ることは限られている。だから提案自体は非常に良いものだと感じた。
「……一人じゃ不安か……?」
「不安だよ………」
トグサは皮肉めいた笑みを浮かべながらそう応えた。その返事を素晴らしく気に入った俺は、トグサの下で任務を遂行する兵士としてここに残ることを決めたのだった。
1.
「……なあ、パズ……あのさ………」
「何だ?」
「いや、ちょっと、その………」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「……キ、キス………するの、やめてくれないか……」
腕の中で目を反らしながら、はっきりしない声でトグサは言った。
「やめて欲しいのか?」
「い、いや………その……」
「どっちだ」
トグサは目を反らしたまま黙りこんでしまった。このまま解放してやっても構わないが、彼の様子が気に入らないのでさっきよりも深く口づけをした。彼は言葉で否定しているわりにこれといった抵抗もなく、自らの唇を無防備にさらけ出す。
なぜこんなことをしているのかというと、数時間前に遡る―――――――
俺とトグサは黒のスーツに身を包み、重役ばかりが集まる重苦しい雰囲気の会議に出席することになった。彼の下で働くようになってから早数ヶ月が経とうとしていたが、日増しに重要な会議に呼ばれることも増え、負担は増すばかりだった。トグサは必要なことを淡々と話しながら、頭の固い連中の冗談や皮肉、時には罵声に耐えながら会議をひとつの節目まで運んだ。前半の会議が終わり役員の控え室に戻った瞬間、俺は彼の体を壁に押しやり、無理矢理唇を奪った。
これはいつものことだ。
人目のない場所で彼の唇を奪うようになったのは、彼の傍で働きはじめて間もなくのことだった。
「……ん……っ…………」
唇を解放してやると、彼が湿った吐息を漏らした。
やめろやめろと言うのはいつものことで、結局何度も応じるから行為が終わることはない。
「やめて欲しいのか? やめて欲しいなら、やめる」
「……な、んで…………」
「ん?」
「なんで、キスするんだよ………」
俺の目を見ることなく、震える声でトグサは頼りなさげに言葉をこぼした。それはいつもの否定の言葉でなく、俺の中に何かを求めている言葉だった。
「理由が欲しいのか?」
「理由というか、答えだ」
「どんな答えだ」
「パズは俺をからかってるのか? だったら………もうこういうことはしないでくれ。俺は……!」
トグサは相変わらず視線を反らしたまま、声を少し荒げて言った。何度も無言で重ねた唇が、解放を求めて確かな言葉を欲しているように見えた。
「お前が、キスして欲しそうな顔をしてるから、しているだけだ」
「何言ってんだ……よ」
「ほら、また」
まったく目を合わせようとしないトグサに、何度目になるか分からない貪るような口づけをした。
行為に理由を求めるようになった時、人はいずれ、終わりを迎えるか始まりを迎えるしかない。それは人の世界の常であり、真理に辿り着けない人間の柵であり、人間を人間たらしめる罪のようなものだろう。
だから俺は、あんたに理由を示したくなかった。俺等に着地点などありはしないのだから。
―――――――俺の答えは簡単だ。 ”お前にしたいからしてる” それだけだ。
この意味を、お前なら理解してくれると信じていいのだろうか?
2.
後半の会議も終わり、長い労働から解放された俺とトグサは、完全に色を変えた街を車で彷徨っていた。
夜はすべてを黒に変える。何を切り取っても、はじまりは黒。そんな気持ちになれるから俺は安心して街を歩ける。逆にトグサにはこの黒の色は似合わないと思った。
黒の世界に点滅する鮮やかなネオンがミラーに反射し、溶け込み、曖昧な風景を描く。隣に座るトグサは奇妙なくらい何も言わず、静かにこの曖昧な風景を眺めていた。
「トグサ」
「…………」
「隊長」
「なんだ」
ようやく放たれた言葉は無機質な色を帯びていた。
「このまま、9課に帰らなかったら、どうする?」
「どういうことだ?」
「街に消えるってことだ」
ハンドルを握りながら、滑らかに続く夜道の先を思い描いた。
しかしいくら思い描いても、何も浮かばなかった。永遠にどこかへ続くであろう道の先なんて想像しようがない。ひたすらの黒。永遠の黒。ただ、ゴーストを震わせながら、俺の中に答えを探しているこの男と歩くのであれば、描くことができなくても構わないと思った。
相変わらず流れる曖昧な風景を見つめ続けるトグサの目に、この黒の色はどう映っているのだろうか。
「悪くないな」
トグサは一言だけつぶやいた。
「いいところに連れていってくれ」
「了解」
戻れないことを悟りながら、俺はトグサを道の先へと連れて行くことにした。
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