Episode 2. the Lost Sheep – 2nd Part *R-18

 
 
 
 
「いい部屋だな。まさに女が喜ぶタイプの部屋だ」
 ジョセフの部屋に入るなり、シーザーは口笛を吹いた。およそ35階に位置するリビングルームは壁一面が大きな窓になっていて、ニューヨークの摩天楼を我が物顔で一望できる。
「みんなそこの窓の前に立って、こう言うんだ。”ちょっと撮ってくれない?” それでその写真が、翌朝彼女のSNSに投稿される」
 ジョセフがそう言うと、シーザーは鼻で笑いながら上着を脱いだ。
「でもみんな出て行っちゃうんだ……」
 ジョセフはため息をつきながら、部屋から出て行く彼女たちの後ろ姿をぼんやりと思い出した。
「その女たちはこの夜景を手に入れたと勘違いしてんのさ。ここはお前の部屋だし、この夜景は誰のものでもない」
 シーザーはそう言うと、ジョセフの肩を叩いた。
「なぁジョセフ、そこに立てよ」
 窓の方を指差しながら、シーザーは微笑んだ。
「いいから」
 ジョセフは促されるままに窓辺に立った。何をするのかと振り返ると、シーザーはスマートフォンを向けていた。
「おい!」
「ほら、いい写真だ」
 シーザーは喉で笑いながら画面をジョセフに向ける。見慣れた部屋、夜景を背景に振り返る自分の姿が写っていた。いつも彼女たちが立っていた場所に自分がいる。
「シーザーも撮る?」
「俺はいいよ。写真は嫌いだ」
 シーザーはキッチンカウンターのハイチェアに腰を下ろして、カウンター脇に並ぶリキュールを眺めはじめた。ジョセフは適当なロックグラスを用意して、氷を割った。
「何飲む? 今ワインは切らしてるから、ウイスキーかラムくらいしかないけど」
「この開いてるやつでいい。ハードリカーはよく分からん」
 シーザーが指差したのは飲みかけのジャックダニエルだった。ジョセフはロックグラスにそれを多めに注いだ。
「カクテルが出てきそうなバーカウンターだな」
「残念ながら、俺は注ぐことしかできません」
「上出来だろ」
 シーザーはからかうように白い歯を見せてニッと笑った。
「ああそういや、まだちゃんと聞いてなかったけどさ……」
 それとなくシーザーが問いかける。グラスの氷が溶ける音がした。

「ジョセフは抱きたいの? 俺のこと」

 シーザーの視線はぼんやりとグラスに注がれていた。
「……うん」
「そうか」
「いいの?」
「ああ」
「良かった……」
 溶けかけたウイスキーを飲みながらジョセフはシーザーを見つめた。
「……もし俺が抱いて欲しいって言ったら、シーザーは抱いてくれるの?」
「もちろん」
「こんな大男なのに?」
「関係ないさ」
 シーザーはそれきり、その話をしなかった。ウイスキーを飲みながら最近観た映画の話なんかを始める。正直ジョセフはこれから起きるであろうことを思うと気が気でなかったが、シーザーの語るうんちくはそれなりに面白いもので、思わず話に聞き入ってしまった。
「じゃあ先にシャワー借りるぞ」
 適当な時間が経った頃、シーザーはバスルームに消えた。その一連の流れが随分と小慣れているように思えた。結果的にそれは今のジョセフにとってありがたいものではあった。
 バスルームから懐かしい水音が聞こえてくる。誰かがシャワーを浴びる音を聞くのは一カ月ぶりだ。バスルームから出てくる彼女が真っ白なバスローブに身を包み、いい匂いをさせながら出てくる瞬間がジョセフは大好きだった。ジョセフは落ち着かない気持ちを抱えながら、ウイスキーを喉に流し込んで時間を待った。30分近く経っただろうか、ようやく水音が消えたかと思うとシーザーの笑い声が聞こえてきた。
「おいジョセフ! バスローブ借りたんだけどさ、これ、女物だろ?」
 バスルームから出てきたシーザーは笑いながら、窮屈そうにバスローブを身にまとっていた。今にも張り裂けそうなほどに胸元が盛り上がり、ギリシャ彫刻のような太ももがローブの隙間からみっちりと覗いている。ジョセフは目の前が真っ赤になった。
「ご、ごめん! 今それしかなくて! お、俺のやつ使っていいよ!」
「それだと、お前がこれ着るんだろ? その方がヤバいって。いいよ、これで」
 慌てふためくジョセフにシーザーはそっと耳打ちした。
「どうせ脱ぐんだし」
 生温かく湿った声が鼓膜をぶるりと震わせる。ジョセフが顔を真っ赤にしてバスルームに逃げ込むと、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえた。

 それからジョセフは少し長めのシャワーを浴びた。耳から入った熱は結局冷めることはなく、よくわからない気分のままバスルームを出ることになった。シーザーは相変わらず女物のバスローブを着たまま、リビングでのんびりテレビを見ている。他に着替えるものがないのだから仕方ない。ジョセフが近づくとシーザーはテレビを消して振り返った。
「ジョセフって意外と長湯?」
「テレビ点けといてもいいのに」
「くだらないのしかやってない」
 シーザーは手元のグラスを回しながらつまらなそうに微笑んだ。そのグラスの中身は先ほどのウイスキーより鮮やかな色をしているように見えた。
「何飲んでるの? それ、さっきのウイスキー?」
「秘伝のバイアグラ」
「そんなもの、この家にはないよ」
「あるんだな、これが」
 シーザーは美味しそうに琥珀色の液体を飲んでいる。ソファにゆったりと腰をかけながらグラスをかざすその顔は、少し酔っているのかぼんやりと虚ろだった。
「ちょっと飲んでいい?」
「ダメ」
「いいじゃん」
「ダメだ」
 二人はじゃれ合うように酒を取り合う。もつれ合う内にシーザーのバスローブがずるりと脱げ落ちそうになり、その隙にジョセフはシーザーからグラスを奪い取った。
「お、おい!」
 慌てるシーザーを後目に、ジョセフはそれを一気に喉へ流しこんだ。
「へへ、やっぱりただのウイスキーじゃん」
「いや、それは……」

 喉がカァッと熱くなったかと思うと、目の前の風景がぐにゃりと歪む。頭の中にいた自分が突然急降下したかと思うと、目の前が真っ暗になった。
 シーザーの呼ぶ声が遠くの方に聞こえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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 ジョセフは暗闇の中を歩きながら羊を探していた。足元の草がそよそよと揺れ、遠くからはサラサラと風の音が聞こえてくる。ジョセフの心は不安と期待で高鳴っていた。しかし目の前に広がる風景はまばゆいほどの暗闇で、羊の姿はなかなか見つからない。ジョセフはしばし立ち止まり、周囲を注意深く見回した。時折遠くから羊の鳴き声のような、水の流れる音のような、何かの音が聞こえる。ジョセフは手に持った酒瓶から一口だけ液体を飲み込んだ。すると突然、周りにたくさんの羊たちが現れて、ピョンピョンと跳ねるように踊りだした。その羊たちは色とりどりの羊毛を身にまとい、まるで虹のように彩られている。ジョセフは羊たちの踊りをぼんやりと眺め、その美しい色彩にうっとりと酔いしれた。しばらくすると目の前に一頭の白い羊が姿を現し、ジョセフのことじっと見つめた。その羊と見つめ合うと心から喜びが満ち溢れ、ジョセフはあまりの嬉しさに笑いながら羊たちと一緒に踊り出した。ダンスをするうちに身体が段々と温かくなってくる。生温かい感触が身体を這い上ってくる。遠くに小さな光が見えたような気がした。

「ジョセフ?」
「……ん…っ……」
「少しは戻ってきた?」
「…う、ぁ……」
「まぁ俺はどっちでもいいけどな」
 羊はどこかに消え、腹の上には金髪の美女が馬乗りになっていた。この上ないべっぴんの美女だ。ジョセフは興奮のあまりその美女を抱きしめようとするが、どういうわけか四肢が気だるくて動かない。美女はにっこりと微笑んだかと思うと、その熱くて柔らかな舌でジョセフの身体を丁寧に舐め始めた。舌を這わせながら、両手で筋肉を揉みほぐすように撫で回し、ジョセフの身体の熱をどんどん大きく膨れ上がらせていく。そしていよいよその指先はジョセフの性器を握り込み、唇は首筋の薄い肉を吸い上げた。
「……ん、あっ……っ…」
 思わず情けない声が漏れる。美女はこちらを見てにやりと笑った。見下ろす優美な表情のすぐ下で豊満な乳房が張り出している。白いメロンのような大きな胸の真ん中には薄紅色の飴玉のような乳首がついていた。ジョセフ思わずその甘そうな粒に噛みついた。
「…っ……おい!」
 美女は思ったより低い声で吠えた。それでもジョセフは臆することなくしゃぶりついて離さなかった。吸い上げ、舌で転がし、その味を心ゆくまで堪能する。
「……っ、…お前…っ……」
 じっとジョセフを見つめながら熱い吐息を漏らす美女は、いつの間にか母親みたいな顔を浮かべていた。その瞳に子どものような気持ちで答えると、彼女はジョセフの髪を優しく撫でた。ジョセフは優しさに包まれながら最高に興奮し始める。赤子のようにおっぱいを吸いながら、舌先で執拗な愛撫を繰り返した。
「……ん、……っ、ん…」
 母親の顔が歪み、女の顔になる。ジョセフは左右の乳房にキスマークを付けてその顔をうっとりと眺めた。すると、目の前の女は満足そうな顔を浮かべたかと思うと、おもむろに脚を広げて後ろの穴に指を入れ始めた。ジョセフは思わずその光景に見入る。熟れた林檎を切り開くと現れる黒い種。女のそこは林檎のように豊潤で貪欲に見えた。既にぽっかりと広がっている穴を見せつけながら、指を抜き差しする姿はこの上なく卑猥で眩暈がする。しかしよく目を凝らして見るとそこにはペニスがぶら下がっていた。
「お前チンコついてるぞ!」
 ジョセフが叫ぶと、美女は声を上げて笑った。
「ハハッそうだな、ついてるなぁ。不思議なことにお前にもついてる」
 彼女はジョセフの性器をぐりぐりと弄んだ。すでに大きく膨らみ出していたそれは一気に熱を持ち始め、雄々しくそびえ立った。彼女は広がった穴をジョセフのそこにあてがって喜びの表情を見せた。
 ジョセフは息を飲む。ずぷり、ずぷりと目の前の熟れた穴に自分の雄が飲み込まれて行く。浅い呼吸の合間に何度か深呼吸を繰り返し、迫り上がる射精の衝動に耐えた。深い呼吸を繰り返すと、曖昧だった意識が霧を抜けたかのようにすぅと覚めてくる。すると目の前に全裸のシーザーが跨っているのが見えた。
「……あ、はぁ……く、そ…… マリファナか……」
「ようやくお気づきで」
「……う、ぁ、ま、待って…… お前何して……」
 開脚した状態でジョセフの性器に跨るシーザーの姿にジョセフは目を見張った。シーザーは楽しそうに口角を上げると優雅に腰を上下し始めた。
「……あ、あっ……ン、やめろ…っ……」
「勝手に飲んだお前が悪いんだからな。まぁでもこっちの方が良かったかもな。だいぶ緊張してたみたいだし?」
 シーザーの性器が腹の上でそそり立っている。それは動くたびに宙で跳ねて先走りを飛ばした。ジョセフは思わずその男らしい象徴を手に取ってゆっくりと抜いた。
「……あ、っん、っふ……」
 シーザーの口から気持ちよさそうな声が漏れ出る。自分の手の中でシーザーの雄がむくむくと膨れ上がるのが伝わってきた。自分のペニスに貫かれ、自分の手に抜かれながら欲に溺れる彼の姿にジョセフは痺れるような興奮と喜びを覚えた。
 しばらく遊女のように艶めかしく腰を振り、官能的すぎる乗馬を披露していたシーザーだったが、ジョセフは彼を抱きしめたくて腕を取った。気怠かった四肢がようやく自由を取り戻し始めてきたようだ。シーザーを自分の方へ引き寄せると、彼はあっけなく胸の上に崩れ落ちる。すぐ目の前でとろけたグリーンの瞳がジョセフの視線を絡め取り、真っ赤な唇が綺麗な弧を描いた。そのコントラストはこの上なく魅惑的で、胸の奥から甘い感情が溢れてくる。ああ、シーザーが好きだ。ジョセフは思わずその唇に噛みついた。しかしシーザーはすぐさま唇から逃れようとする。ジョセフはそんなシーザーを無視して深く深く口づける。
「……んぅ……やめ、ろ……」
 シーザーは振りほどくようにして逃げた。
「駄目だろ、ジョセフ」
 シーザーは犬に躾をするみたいに優しく諭しながら、指先を唇の前に立てて柔らかく微笑んだ。しかしジョセフはその指先を掴んで再び唇に噛みついた。
「……っ……お、い! ジョセフ! やめろ……」
「やだ」
「ダメだ、俺は……」
「やだ……」
 何かを拒もうとするシーザーを引き止めたくて、もう一度無理やり唇を奪った。逃さないように全身でシーザーを抱きしめ、逃げ惑う舌を捕まえ、恋い焦がれるように熱く絡める。するとシーザーの中がきゅうと甘く締まった。その強い締め付けはジョセフのペニスの熱を絞り取り、二人は同時に白く濁った欲望を解き放った。
 
 
 
 
 
 
 
 
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 目覚めると、すぐ隣の毛布が熊みたいに大きく盛り上がっていた。中を覗き込むとシーザーがいた。やはり夢ではなかったようだ。
 ジョセフは静かにベッドから出て、脱ぎ散らかしたバスローブを拾い、ランドリーに投げ込んだ。また来た道を戻りながら今度は散らかったロックグラスを集めキッチンへ向かう。次に適当なコーヒー豆を挽いてお湯を沸かし、その間に部屋の窓を5センチほど開けながら歩いた。再び寝室を覗くとシーザーは相変わらずベッドに潜り込んだままだ。昨日も昼まで寝ていたようだし、意外と寝坊助なのかもしれない。毛布を綺麗に整え、新しいガウンをベッドに置いてから再びキッチンに戻り、2杯分のコーヒーを淹れる。ふと、この平凡なコーヒーがシーザーの口に合うのかを心配する。ジョセフなりに好んで買っている豆ではあったが、美食家のシーザーのお目に適うかどうか。

「いい匂いだな」

 しばし思い悩んでいると、ベッドルームからシーザーが顔を覗かせた。
「あ、起きちゃった?」
「香りにつられて」
 すらりとガウンを身にまとったシーザーが颯爽とキッチンへやってくる。
「エスプレッソじゃないし、適当な豆だから口に合うかわからないけど」
「俺をそんなにイタリア人扱いしなくていいぜ? 俺だって結構ニューヨーカーなんだから」
 シーザーはカップをひとつ取り、優雅に唇を寄せた。
「美味い」
「……良かった」
 ジョセフがほっと息をつくと、シーザーはひらりとリビングへ出て行った。窓辺に立ちながら一杯のコーヒーを飲む。ただそれだけのことなのに、彼はバロック絵画を思わせるような神聖な陰影をその身体に描いていた。とにかく彼はいちいち絵になるのだ。
「あ、あのさ…… 昨日は……」
 手持無沙汰だったジョセフは、カップを見つめながら口を開いた。
「……なんか、ごめん」
 ジョセフが謝ると、シーザーはおもむろにため息をついた。
「あんたが授乳プレイ好きだったとはな」
「え!」
「覚えてないのか?」
「あ、いや、あれは…… 別にそういうわけじゃ……」
 ジョセフは顔が赤くなった。
「別にみんな、性癖の一つや二つはあるさ」
「だから、そういうんじゃ……」
 ジョセフはなんとか訂正しようとするが、シーザーは楽しそうに笑うばかりで話題の全てを健全なジョークに変えてしまった。その様子は何の問題もない普通の男のように見えた。何を聞いても優しく答えてくれそうな、あるいは、不器用な言葉も饒舌に料理して素晴らしい会話のフルコースに変えてくれそうな、そんな伊達男。それなのに、どうしてかシーザーは質問を許さない、牽制したオーラがある。

 ―———いつも麻薬をやるのか、意識がない間に何があったのか、シーザーは昨夜ちゃんと満足したのか。そして、どうしてキスを拒んだのか―———

 ジョセフには聞きたいことがたくさんあった。しかしそれを口にすることは出来なかった。全て自分の失態ではないのだろうか。笑ってくれてはいるけど、本当は心の中で幻滅しているのではないか。そんなことを考えてしまうくらいシーザーの胸の内がよく見えない。シーザーには見えない壁のようなものを感じて仕方なかった。
 もっとちゃんとシーザーを抱きたい。正面から愛し合いたい。でも “また次回” なんて言葉は怖くて言えそうになかった。

「ジョセフ?」

 黙り込むジョセフをシーザーは優しく見つめていた。朝の摩天楼を背にしたシーザーはとても綺麗に見える。シープメドウの光りの中で佇む羊みたいに満足気に笑っている。ジョセフはそう、思い込もうとした。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
>>次の話(第三話) coming soon….