Episode 9. 2nd Part my cup runneth over (*R-18)

 
 
 
 
 

 ヨシュアの言葉に、ジョセフは古い鎖を断ち切られた思いだった。自由を喜ぶ獣のように、ジョセフは目の前の身体から無遠慮に衣服を剥がし取っていく。ラフなスウェットしか着ていなかったヨシュアは、数枚の布を奪い取るだけであっという間に剥きだしになった。意外と筋肉質な身体。光のシーツに横たわるヨシュアは裸婦の絵画のように美しかった。ジョセフは神聖な絵画を塗りつぶすみたいに、白い肌を唇で汚していく。まだ若くて柔らかい肌はジョセフの愛撫に素直に染まった。
「……っ、…ん……」
 首筋や心臓、人間の弱い部分にわざと繰り返しキスを降らせる。もし噛みつかれたら死んでしまうような場所を専有することで、ヨシュアを丁寧に支配していく。
「….、….、」
 言葉にならない音を微かに漏らすだけのヨシュアの唇は、いつもたくさんの言葉を紡ぐからこそ物寂しく感じた。ジョセフは彼の口から言葉を引きずり出そうと何度もキスをする。昨日みたいに楽しく語り合いたい。ヨシュアの言葉がないだけで急に不安になってしまう。頼りなさげな吐息と粘膜の触れる音だけが明るい部屋に響いていて、それは二人の間を緊張で埋めるばかりだ。
 ジョセフの不安を知ってか、そんな沈黙を破ったのは、やはりヨシュアの方だった。

「し、静かですね」
「……そうだな」
「……音楽でも、かけたいですね……」
 能天気な言葉にジョセフは思わず吹き出した。
「なんの音楽?」
「何がいいでしょう」
「クラシックだけはやめてくれよ」
「それじゃあ、ジャズ?」
 ヨシュアが喋り出すだけで、二人の間に横たわる緊張はあっけなく解けてゆく。
「バンドをここに連れてくるのか?」
「それは、まずいですね、じゃあ、っ……んっ……」
 ジョセフは話を続けるヨシュアを音楽にして、再び胸の飾りに舌を這わせた。
「……ここ、意外と感じるだろ」
「そんなことは…… ただちょっと、くすぐったい、だけです……」
「ふーん」
 ジョセフは入念にそこを愛撫しながら、下肢に指を這わせた。ヨシュアが咄嗟に腰を引いて逃れようとするのがまたいじらしい。
「逃げるなよ」
「だ、だって……」
 腰をくねらせて逃げようとするヨシュアを押さえて既に固くなりだした性器を柔らかく握り込んだ。
「……う、あ……っ……」
 甘い声がジンと耳をくすぐる。音楽などかけないでも、もう時期ヨシュア自身が素敵な楽器になるに違いない。ジョセフの胸は期待と熱い興奮に膨らんだ。
「……ジョースターさんも、脱いでください」
 ヨシュアの指がシャツを引っ張って脱がそうとする。すっかり夢中になっていて、まだ一枚も服を脱いでいなかったことに気がついた。それに比べヨシュアは丸裸で、早くも性器からとろりと先走りを垂らしている。あまりにも背徳感あふれる状況にジョセフの欲望が跳ねるように踊りだす。

「やだ」

 凌辱的な笑みで見下ろすと、ヨシュアは顔を真っ赤にさせて身じろいだ。ヨシュアの羞恥心を煽るように、性器を良い具合に抜き上げると彼の熱はあっという間に大きくなった。
「……あ、あ……や、だ」
 首を振りながらジョセフの腕を掴むも抵抗は虚しく、ヨシュアの性器はびくびくと震え、快感に飲み込まれていく。ヨシュアの雄の欲望を高めつつ、柔らかい肉に無遠慮に舌を這わせ、吸い上げ、牙を立てる。どの刺激にも甘く反応する身体を奏者のように楽しんだ。
「…っ、ああ、んっ……っ」
 手の中のものが赤く張りつめ、徐々に絶頂に近づいていく。ジョセフはまだもう少しこの状況を堪能したくて、動きを止めたり、再び抜いたりと、小気味よく愛撫を繰り返した。
「……う、あ、……俺も、します……」
 耐えきれなくなったのか、彼の指先がジョセフの中心に伸びる。張り詰めてパンパンに膨らむズボンを下げようとするヨシュアに誘われて、ジョセフはいよいよ全身の衣服を脱ぎ去った。
「あ……」
 ヨシュアが目を見張る。その視線は自分の肉体と雄々しくそそり立つそれに遠慮なく注がれていた。申し訳ないほどに大きく立ち上がっていたので、今のヨシュアには少々刺激が強かったかもしれない。呆然としているヨシュアの上に覆いかぶさるようにして、ジョセフは二人の性器を一緒にしごいた。二つの先端からとろとろと白濁がこぼれ、混ざり合い、今にも張り裂けそうだった。
「……う、あっ、あ……」
 ヨシュアが甘い声を漏らしながらジョセフにすがりつく。花に誘われる蝶のように、蝶を引き寄せる花のように、二人は自然に唇を吸い合った。二つの呼吸はお互いを貪りながら熟れた果実のごとく欲を剥きだしにする。ヨシュアの顔が甘く歪むと、手の中に温かいものが溢れた。その心地に酔いしれながらジョセフもヨシュアの腹に射精した。

 二人の乱れた呼吸が、明るい部屋に響いている。それはシーザーとの思い出の中にはない光景だった。シーザーと繋がるのは夜の間だけだったからだ。日常のすぐそばで欲望を晒すヨシュアに罪深い興奮を覚えた。
 ジョセフは二人の白濁を指ですくい、それをそっとヨシュアの後ろの穴にあてがってみる。しかし彼はすぐさま腰を引いて逃げようとした。
「……ここまでにしとく?」
 ジョセフは最大限気を遣った。これ以上進むと溢れる欲望を抑えられそうになかったからだ。そしてヨシュアは間違いなく戸惑っていた。
「そ、れ、入れるんですか?」
 ヨシュアの視線はジョセフの雄に注がれている。
「……そうだな。でも、最大限、痛くはしない。傷つけたりしない」
 あまりにも説得力のない台詞だが事実だった。ジョセフは既に波紋の呼吸に集中していた。正直、普通の男同士のセックスなら規格外のこれはヨシュアの身体にはきついだろう。しかし波紋使いなら話は別だ。
 ヨシュアはジョセフの言葉に恐る恐る頷いた。それを合図に、ヨシュアを仰向けにしたまま、優しく脚を開かせる。ベッドサイドにあったランプのオイルを指に取り、白濁と混ぜてヌルリと濡れた指先を穴に押し当てた。それだけでヨシュアの顔はすっかり真っ赤だった。
「……まずはここを、指で慣らす。柔らかくなるまで慣らせば…… 痛くはないから」
 強張るヨシュアにするべきことを先に伝えて、少しでも恐怖を和らげようと努める。誰にも触れられたことのない小さな穴をくるくると撫でると、ヨシュアは恥ずかしそうに眉をひそめた。ジョセフは眼の前に捧げられた入口を丁寧にマッサージしていく。オイルは簡単に熱を持ち始め、その隙に指先で波紋を練った。波紋が通ったオイルは触れた皮膚と筋肉に直接働きかけ、素早く確実に柔らかくしていく。シーザーが自分にやっていたことを思い出して興奮に喉が鳴った。
 段々と柔らかくなるにつれ、ヨシュアがすがるような目を向けてくる。それがまたいけない。もっと恥ずかしい思いをさせたいと加虐心がうずく。遠慮がちにしか開かない脚を目一杯に広げ、わざと音を立てて、もっとめちゃくちゃに愛撫したい。しかし不安でいっぱいなヨシュアに意地悪するのはさすがに申し訳なさが勝った。彼の視線に答えるように、その唇に何度もキスをして安心させることにジョセフは努めた。
 入口がたっぷりと柔らかくなったところで、一本、指を滑り込ませる。その間もオイルに波紋を通わせるのを忘れない。なぜシーザーが執拗なほどに波紋を使って身体を慣らすのかは身を持って体験済だ。通常はキツく通りの悪い道も、波紋をうまく使えばあっという間にとろけた器になる。
「……う……っ、ん……」
 キスの合間にヨシュアが甘い吐息を漏らし始める。それは痛みや違和感が快感に変わりだした合図だ。更に指の数を増やし内側を柔らかく仕上げていく。ヨシュアの中を触りながら自分の内に懐かしい熱を思い出した。シーザーに触れられた指先が自分の指先に重なる。波紋で都合よく変化した内側の感触が脳みそに充溢し、ジョセフは歓喜に震えた。
「ヨシュアの中、女の子みたいになってきた」
「……っ……そんな、こと……っ…」
 性質の変化したオイルは温かくとろけ、内側の壁はたっぷりとほぐされて柔らかい。指を引き抜いてから穴の具合を視認すると、そこは女性器のように芳醇な様子でジョセフの前でふるふると震えていた。

 ―—————たまらない……
 ジョセフは弾けるような衝動に突き上げられ、自分の雄をそこへあてがった。

「……挿れるぞ」
「あ、待っ……」
 ヨシュアの制止を無視して、ずぷりと押し挿れる。そこは初めてとは思えないくらい柔らかく、健気にジョセフを招き入れた。
「……っ、……ん、ぅ、ぁ……」

 温かい。
 人の中にいるという感覚に身体の奥底から喜びが溢れてくる。その中を提供する人間はどんな顔をしているのかと、その顔を思う存分眺めたい気持ちになって見下ろすものの、彼は顔をシーツに埋めて表情を見せまいとしている。
「ヨシュア、隠れないで」
「い、やです」
 可愛らしい抵抗なんて快楽の前ではあっという間に崩れると思い、いじらしく中を揺さぶるが、彼は表情どころかその声色さえ徹底的に隠そうと必死だ。
「ねぇ、ヨシュア……」
「だって」
 シーツにくぐもった声だけが聞こえる。
「……だって、ジョースターさん、絶対、俺の顔ばっかり見るじゃないですか」
「それは、そうだな」
「じゃ、あ、だめです」
 オーノー!そりゃないぜ!と思わず叫びたくなった。だってあの澄ましたシーザーの顔がどんなに風にとろけるのか見たいじゃないか。しかしヨシュアがどうしても嫌と言うなら仕方ない。ジョセフはひとまず諦めてそのまま腰を進めていく。ぬちゅり、ぬちゅりと厭らしい音を立てながら、それは抵抗するどころかどんどん貪欲に咥えこんでいき、そしてあっけなく全てを飲みこんでしまった。
「入った」
「……っ……」
 ヨシュアは相変わらず無音だ。彼の鉄壁をなんとしてでも剥がし取りたくて、その天使のような金髪に指を絡めたり、烙印のような痣にキスをしたり、色々試みるもヨシュアはなかなか出てこようとしない。ジョセフはしばらく腰を揺さぶったが、頑なに顔を隠し、声をも押し殺すヨシュアに段々と物足りなさを覚えた。
 それならと、ジョセフはヨシュアの身体を自分の方へ抱き寄せた。
「……ジョースターさん?」
 向かい合うような形で抱き合った後、そのままジョセフは仰向けに寝転んだ。ヨシュアはされるがままジョセフの腹の上で馬乗りのような体勢になる。

「これならよく見えるな」

 ヨシュアは慌ててそこから逃れようとするが、ジョセフはヨシュアの両腕を掴んでそれを阻止する。そしてそのまま下から天に向けて突き上げた。
「……アッ……!」
 ヨシュアの白い喉が小鳥のように震える。待ち望んだその音にジョセフは満足げな笑みを浮かべた。手に入れたものを弄ぶみたいにそのまま無遠慮に腰を打ち付けると繰り返し甘い鳴き声をあげた。そのたびに浮いた腰が快感に耐えきれず、ずぶりずぶりと沈み込んでいく。
「…ぅあ、ん、や、やだ……! や…!」
 今度は腰をくねらせて逃げようとするが、ジョセフのいきり立ったものは抜けない。その隙に彼の内側を丁寧に探った。時折ヨシュアの身体がピクリと跳ねるのを見逃さず、その場所をこずいては彼の表情を眺めた。
「……あっ…んあっ…、や…ん…っ…」
 唇を噛み締めようとするも、下からの熱に耐えきれず快感の音が喉を震わす。必死に逃れようとする腕をしっかりと掴んで離さず、しなやかにとろけゆく肉体や蕩けた顔を見つめた。ヨシュアに恨めしげに睨まれたが、ジョセフはニヤッと笑って受け流した。
 震えていた太腿がいよいよ抜き挿しに耐えきれなくなり、ヨシュアは完全に腰を落とした。ペタリとした肌の感触は、ヨシュアの蕾が快感に濡れていることを如実に伝えている。何度かそこへ腰を突き上げると、目蓋から一筋の涙がこぼれた。
「…っ……はぁ、あ……」
 蕾の奥にある快楽のしこりを探り当て、優しく、激しく、何度も突き上げると、ヨシュアは完全に力が抜け落ち、全身をジョセフにさらけ出して喘いだ。
「…ぁ……あ、ん、ぁ、あ…っ…」
 欲望にとろけた甘やかな表情が朝陽の下で美しく歪む。律動に合わせてヨシュアが甘露な快楽に踊り、泣き散らす姿をうっとりと眺めた。
「……っ、あっ……も、う…っ…ぁ、ぁあ……」
 ヨシュアがひと際艶やかに鳴いたかと思うと中心が白濁を飛ばし、彼は弾けるようにして果てた。翼をもぎ取られたかのように力なく崩れるヨシュアを、ジョセフはぎゅうと抱きしめて受けとめる。乱れた呼吸を繰り返すヨシュアの身体を抱きながら、しっとりと汗ばむ髪を掻きわけた。その奥で濡れたブルーの瞳と出合う。その瞳は欲に濡れていたが確実に侮蔑の色を帯びていた。

「……この、エロじじい……」

 その目は心の底からジョセフを睨んでいた。
「スケベじじい」
「ごめんなさい」
「オオカミ…… じじい」
「なんでそんなにジジイ呼びなの」
「……あんなの、エロじじいがやることですよ」
「だから、ごめんって……」
 身体の上で不満を漏らすヨシュアの髪をぐしゃぐしゃに撫でると、ヨシュアは更に頬を膨らませて不満げな表情をした。
「本当に悪かったって。ヨシュアがあんまりにも可愛いからつい……」
「可愛くなんかないです!」
 ヨシュアが本気で怒ってないのは分かっていたが、ジョセフはもっとヨシュアとじゃれ合いたくて余計なことを言って煽ってみる。
「可愛いよ」
「そんな、の…… 嬉しくないです」
「じゃあエロい」
「それも、やです」
 不貞腐れるヨシュアが愛おしくて、ジョセフは彼の顔をじっと眺めた。いつもより赤く色づいた痣を優しく撫でる。シーザーも興奮すると痣の色を変えていたのを思い出しながら、その美しい色を懐かしんだ。
「痣、綺麗だな」
「そんな、こと、ないです……」
 口ではそんなことを言いながら、彼の顔はあからさまに照れ臭そうな表情を描くもんだから、そんな素直な反応にすっかり癒されてしまう。こんな風にベッドの上でシーザーとじゃれ合うことが出来ていたら、どんなに良かっただろう。でもシーザーのそんな姿を想像するのは難しい。一カ月という時間は二人には短すぎたのだろうか。あの頃のセックスは癒しとは程遠い、もっと必死なものだった気がする。死が近くにないということがこんなにも幸せなことなのかと、ジョセフは目の前の愛おしい人を抱きしめながら思った。

「ヨシュア君」
 耳元で呼びかける。
「俺さ、まだイってないんだよね」
 ヨシュアの中でまだしっかりと熱を湛えているそれをぐるりと動かした。
「…っん……」
「だからもうちょっと、お願いします」
 顔を隠すようにしがみつくヨシュアの耳は真っ赤だった。ジョセフはヨシュアをシーツの上に仰向けに下ろしてそっと見つめる。汗と淡い欲望に染まり、恥じらいと興奮に身を委ねるその表情は、一度も見たことのないシーザーの顔だった。
 そんな彼を眺めながらゆるやかに挿抜を繰り返すと、一度絶頂に登りつめ敏感になった身体はあっという間にとろけ始める。
「……あ、ん、……ぅ、あ……」
 甘くなるたびに、彼はどんどん素直にジョセフへ欲望を晒していく。その姿に愛おしさが募る。ジョセフは堪らなくなって、その愛おしい唇に深い深いキスをする。呼吸が重なるとヨシュアの奥にある小さな波紋がどんどん大きく膨らんでくるのが分かった。
「ねぇヨシュア」
 呼吸の合間にジョセフは問いかけた。
「中に誰かがいるってさ、どんな感じ?」
 それはジョセフが共有した罪の答え合わせだった。
「……あ、は、…ぁ、わかんない…」
 ヨシュアは柔らかな快楽に染まりきっていた。ジョセフの動きに合わせて無意識に腰をくねらせ、ただひたすら己の純粋さを剥き出していく。二人は互いに腰を振り合いながら、見えないけど存在するであろう頂上を一緒に目指した。
「ヨシュア」
 答えが合わない限り終わらない授業をするといわんばかりに、ジョセフはそんなヨシュアの身体を遠回りに煽った。
「……ん、ぅ、熱い、…っ…気持ちい……」
「うん」
「……ぁ、っぁ、…好…き…」
 ヨシュアの瞳がぎゅっとジョセフを捉える。そして何度も「好き」「好き」とすがるように喘いだ。ジョセフはあまりの愛おしさに叫びそうになる。

 シーザーもこんな気持ちだったのだろうか。
 自分をめちゃくちゃに抱きながら、彼は何を考えていたのだろう。
 ヨシュアはあの頃と自分と同じくらい乱れている。ヨシュアの姿に自分が重なり、そんな彼を見つめては愛おしさでいっぱいになる自分がいる。

「ヨシュア……」
 彼の呼吸に合わせて、何度もキスを繰り返す。二つの呼吸がぴったりと一つに重なり合うと、ヨシュアの奥にある波紋は見覚えのある愛おしさで溢れ返ってきた。

 ―————————— 熱くて、華麗で、儚い。ずっと恋焦がれた波紋がそこにあった。

 シーザー、そこにいるのか?
 心の中でジョセフは叫んだ。熱い波紋がジョセフの中に流れ込んでくる。それは二人の間で溶け合い、混ざり合い、ひとつになった。

 ジョセフはシーザーの腕の中にいた。ジョセフはたまらなくなって彼を抱きしめた。
 ずっと待っていた。待っても待っても、いつまで待っても、もう二度と現れないと分かっていても待ち続けた。もう一度だけでいいから、彼の腕に抱かれたかった。
 ジョセフは何度もシーザーの名を呼んだ。シーザーもジョセフの名を呼んだように聞こえた。

 二人の間には波紋だけがあった。それは温かくて気持ちよくて、ただずっとそこにいたいと思えるくらい幸せなものだった。二人は互いに手を取り合いながら類推の山に登った。そして頂上にたどり着いた時、波紋はふわふわと天に向かって溶けていった。ああ頂上だ。ようやくたどり着いた。そう、間違いなく辿り着いたんだ。そのはずなに。

 そこに何があったのかまるで思い出せないんだ。

 
 
 
 
 
 
 
 

「……シーザー?」

 どれくらいの時間が経ったのだろう。ジョセフはベッドの上で目を覚ました。ジョセフは見覚えのある青い天窓をじっと見つめていた。窓枠の雪は溶け始め、水滴でキラキラしている。それは世界への入口みたいに、ジョセフを歓迎しているように見えた。

「……ヨシュア?」

 腕の中にいる金髪に声をかける。すると彼はふわりと目蓋を持ち上げた。柔らかな瞳はジョセフを捉え、美しく微笑んだかと思うと、そっとキスをした。唇に触れた華麗な波紋は優しくジョセフを撫で、温かく、儚く、世界の中へ消えていった。

「……また泣いてるんですか?」

 金髪の男は優しいため息をついた。ジョセフの目からは涙が溢れていた。

「本当に、泣き虫ですね」

 ジョセフはぽろぽろと涙を流し続けた。そのたびに柔らかな指先が涙を拭う。目の前の瞳はお節介な色を浮かべながら、ジョセフを愛おし気に見つめていた。その目には小さな波紋が煌めいていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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