Episode 4. Affogato *Christmas recipes -1st Part

 

 クリスマスシーズンは楽しいものだ。少なくとも、子どもたちにとっては。
家族や友達から今年は何が貰えるのかとわくわくする。友達の家で開かれるパーティーに招待されプレゼント交換をするときなんて最高だ。そしてそのわくわくは25日の朝に最高潮になる。目覚めると同時に真っ先にツリーの下まで猛ダッシュ。そこに大きなプレゼントボックスが置かれているのを見ると飛び上がるくらい嬉しかったものだ。
 しかしそれもうんと昔の話。今となっては戦場である。とくに社長という役職に就いてからはクリスマスシーズンはただひたすら忙しい。年末ということもあって仕事の量も尋常じゃない上に、クリスマスカードやプレゼントの準備に走り回らなければならない。同僚や得意先はもちろんこと、ビルのドアマンから掃除のおばさんに至るまでチップや贈り物を用意するから大変である。しかしこれは紛れもなく感謝の気持ちなので、彼らを思い浮かべながらどれにしよう何にしようと準備する時間は楽しいし、プレゼントを渡したときに見せる彼らの喜ぶ顔は全ての疲れが吹っ飛ぶくらい嬉しいものだ。
 そして、忙しくて倒れようとも絶対に忘れてはならない、ありとあらゆるどんな相手よりも大切で重要なプレゼントがある。それはまさしく、ホリィへのクリスマスプレゼントだ。

「そういうことでヨシュア君。頼む!この通りだ!力を貸してくれ!」
 ジョセフはカウンターで忙しなく働くヨシュアにワァと泣きついた。周囲にいた客がぎょっとした目でジョセフを見る。
「ちょ、ちょっとなんですか急に!お店でそういうのやめてください!」
 ヨシュアは慌ててジョセフを外に連れ出した。
「どうしたんですか?」
「緊急事態なんだ」
 ジョセフはこの上なく困った顔でヨシュアの手を握った。
「ホリィのクリスマスプレゼントを選ぶのを手伝ってくれ!」
「はぁ?」
「最近ホリィの反応が悪いんだ。昔は何を買っても喜んでくれたのに……。去年なんか散々で」
 ジョセフの様子を見ておおよそのことを悟ったのか、ヨシュアはあからさまな溜め息をついた。
「ホリィちゃん、何歳ですか?」
「今年で15だ」
「去年は何を買ったんですか?」
「ピンクのセーター。ホリィの大好きな花柄のやつ」
 ヨシュアは正気ではないものを見るような目でジョセフを見た。
「ヨシュアは若いし、妹もいるんだろ? 年頃の女の子が欲しいものが分かるんじゃないかと思って……」
 ジョセフは胸の前で指先をいじりながら唇を尖らせた。
「セーター、すごく似合ってるのに、全然着てくれなかった……」
 ジョセフはさらに項垂れる。
「最近ハグもしてくれない……」
 2メートル近い巨体が自信なさげに項垂れる姿というのはなかなか強烈な光景だったようで、通行人が何度もいぶかし気にジョセフを見ては去っていく。あまりにも情けない姿にヨシュアは少し同情した。
「きっと今だってピンクも花柄も大好きだと思いますよ。でもきっと、少し背伸びしたい時期なんじゃないですか?ほら、気になる人ができたら誰だって大人っぽく見せたいですし」
「気になる人だと!?」
 ジョセフは鬼のような形相で顔を上げたが、ヨシュアは無視して話を続けた。
「あと女の子は流行に敏感ですからね。やっぱりトレンドを押さえてあげた方が喜びますよ。15歳ならコスメとかいいんじゃないですか?」
「こすめ!!??」
 ジョセフは目を大きく開いて宇宙人でも見たかのような顔をした。
「口紅とか、あと香水もいいんじゃないですか?」
「こ、香水!!!?」
「お父さん、しっかりしてくださいよ。15の女の子なんてもう大人ですよ。一番綺麗な時じゃないですか。とびきり可愛くなるの買ってあげましょう!」
「そのままでも十分かわいいもん!」
「ちなみに俺は妹に化粧品を買って帰ります。ニューヨークには最新のトレンドが揃ってるのでオススメですよ」
「………じゃあそれと同じやつにしようかな…… そのほうがホリィも喜ぶだろうし…… 」
「もう少しよく考えてください!」
 ピシャリと言われて、ジョセフはしゅんと縮こまった。そして「コスメなんか分からないよー、トレンドなんか知らないし、もうあそこのショーウィンドウのセーター買って帰ろうかな、でもホリィをがっかりさせちゃうかもなぁ、アーどうしようかなー」とぶつぶつぶつ大きな声で独り言を言い始める。その様子にヨシュアは諦めの溜め息をついた。
「はぁ…… 分かりました。今夜一緒に買いに行きましょう」
 ジョセフはパッと顔を明るくして「ありがたい!」とヨシュアに飛びついた。
「じゃあ夕方6時にカフェ集合で!そんじゃ後でな!」
 ジョセフは軽い足取りでオフィスビルへと戻って行った。ヨシュアはやれやれと今日一番の大きな溜め息をつくのだった。

 
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 

 午後5時50分。この時期になるともう辺りは真っ暗で、レストランや小売店が世界の影を消そうといわんばかりに店頭の電灯を明々とさせている。ホリデーシーズン前ということもあってか、今日はいつもより多くの人が街に残っているようだった。

 結局ヨシュアと出かけたのは、メトロポリタン美術館へ行ったあの日だけだ。翌日このカフェで会ったときも、ヨシュアはいつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれた。しかしあの日以来、お互いシーザーの話を口にすることはなかった。気がつけばヨシュアと出会ってもうすぐ2カ月が経とうとしている。シーザーと過ごしたのは1カ月程度だったので、それ以上の時間を彼と過ごしていることにありがたくも感慨深い気持ちになる。もちろん2カ月といっても基本的に朝の時間に少し会うだけだったので、それだけの期間を要しながらもまだあまり彼のことを知らないような気がした。

「ジョースターさん」
 カフェの前で黄昏ているとヨシュアがひょっこりと顔を出す。
「ちょっといいですか?」
 珍しく手招きするのでジョセフは誘われるように店内に足を踏み入れる。するとカウンターテーブルには小さなカップがいくつか並べてあった。
「実はクリスマスの限定商品を作っていて、ちょっと味に悩んでるんですよね。ジョースターさんの意見を聞かせてもらえませんか?」
 カップの中には小さなバニラアイスと、エスプレッソと思われる黒い液体がマーブル状に溶け合っていた。見た目からして冬の季節にぴったりなスイーツだ。
「アフォガードか」
「はい。既にクリスマス向けのラテは出してるんですけど、もう少しスイーツ感のある商品をひとつ追加しようという話になって。ジョースターさん甘いもの好きみたいなので、ぜひご意見を参考にさせてください」
「俺なんかでいいのか? 味覚ガバガバだぞ」
 ヨシュアは全然気にしないといった笑顔で、カップを勧めた。ジョセフはそれならとカップのひとつを手に取り、一口それを口に運んだ。甘めのバニラアイスとエスプレッソのキレのある苦みの中に、ほのかにシナモンと思われるスパイシーな香りが気の利いたアシストをしている。
「シナモンか。確かにクリスマスっぽくていいな」
「ありがとうございます。こっちは、ジンジャークッキーを使ったアフォガードです」
 ヨシュアは別のカップをジョセフに渡した。続けてそれも一口味わうと、言われた通り親しみあるジンジャーの甘くてまろやかな味わいが口の中いっぱいに広がる。
「それでこっちは、キャラメルを使ったアフォガードです」
「まだあるのか?」
 ヨシュアは、続々と試作品を並べ始める。ジョセフはそれをひとずつ口に運んでいく。
「ヨシュア、段々味が分からなくなってきたぞ。これ、どれかひとつ選ばないといけないのか?」
「選んで頂けると嬉しいんですが……」
 シナモン、ジンジャークッキー、キャラメル、ホットチョコレート、ペパーミントにアップルシナモン…… それぞれの特徴を生かしながら、ひとつひとつが非常に丁寧に作られていた。おそらくヨシュアのことだからあれやこれとアイデアを出しているうちに、収拾がつかなくなってしまったのだろう。そのどれもがこだわりの逸品という趣で、選び難いほどに美味しかった。
「うーん、それじゃあジンジャークッキーのやつがいいな。昔よく食べてたから懐かしい感じがする」
 ヨシュアはその言葉に嬉しそうに頷いた。
「いいですね!懐かしいってポイント高いですよ。それにしましょう」
「本当にいいのか?こんな適当な決め方で」
「それくらいがいいんですよ!あ、もう6時ですね。すぐ準備するのでちょっと待っててください」
 ヨシュアは手際よくカップを回収し、キッチンの奥へと走って行った。
 ジョセフはこの上なく甘い口の中を、舌先でごろごろと嘗め回す。ほのかにジンジャークッキーらしき味が見つかり、そこに思いを馳せた。どういうわけかカフェに流れるクリスマスソングと混ざり合うと、どこか懐かしい思い出の気配がする。どこかで嗅いだことのある匂い、どこかで食べた味、どこかで聞いた音。それらは “懐かしい” という心地だけを提供して、肝心の記憶を思い出させてくれない。確実に昔食べていたであろうジンジャーの味わいに何度も記憶を巡らせてみるが、どうしても思い出せなかった。思い出せずにうーんうーんと唸っているとヨシュアが怪訝そうな顔をしながら戻ってきた。
「どうかしましたか?」
「うーん、なんか思い出せそうで思い出せないものがこのへんにあって……」
 ジョセフは頭の上でくるくると指を回した。
「そういうことってありますよね」
 ヨシュアはさらりとジョセフの言葉を打って返す。最近のヨシュアはジョセフに対する扱いを心得てきたのか、少し対応が雑になっているのは間違いなかった。それは客というよりも1人の友人としてジョセフを受け入れている現れだった。以前はもう少しよそよそしかったヨシュアがそんな態度を見せることに、ジョセフは細やかな喜びを感じるのだった。

 カフェを出ると、ぎゅっと身に染みるような冷たさが背筋を撫でる。ジョセフはコートの前をしっかりと閉め直した。
「寒いですね」
 ヨシュアも身を縮こまらせながら寒風に目を細める。
「どこへ行けばいいかな?」
「妹のプレゼントはメイシーズで買いましたけど。ここからだとサックス・フィフス・アベニューが近いみたいですね。でも結構高いらしいですよ?メイシーズでしたら地下鉄で二駅なんで……」
「サックス・アベニューに行こう」
 ジョセフはヨシュアの1つ目の提案に乗ることにした。指定されたデパートはここから10分程の距離にある、女性に人気の高級デパートだった。ヨシュアは少し驚いたような顔をしたがすぐに同意し、五番街を北に向かって歩き出した。
 五番街の路上ではクリスマスキャロルが心地よく響き渡り、美しいイルミネーションが街を鮮やかに彩っている。すっかりクリスマスの雰囲気だ。

「そういえば、ヨシュアはいつからニューヨークに来てるんだ?」
「実は、今年の春からなんです」
「それじゃあクリスマスは始めて?」
「はい!だから五番街を歩くの楽しみだったんです」
 ヨシュアは興奮と期待に満ちた表情を見せた。その顔を見て、ジョセフも初めてクリスマスを過ごした日を思い出した。
「それじゃあアレを見たらびっくりするだろうな」
「あれ?」
 ヨシュアは頭に疑問符を浮かべながらも、期待でいっぱいの目でジョセフを見た。
「もう少し進めばわかるさ」
 ふたりは他愛のない話をしながら五番街を進んだ。ヨシュアは時々目を輝かせ、驚きと喜びの表情で店先のショーウィンドウを眺めたり、街を行き交う人々の華やかな賑わいに笑顔を浮かべたりした。世界中のどこを探しても、こんなに賑やかで華やかな場所は見つからない。そのため、初めてニューヨークでクリスマスを迎える者は誰だってこんな風に目を輝かせる。街路樹を星屑みたいなライトで電飾し、ひしめき合う小売店が煌びやかな明かりを燦々とさせ、まるで昼間みたいに明るい街頭に胸いっぱいの夢を見るのだ。
 そんな賑やかな人並をかき分けて進むと、セント・パトリック大聖堂のとがった尖塔が見えてくる。ジョセフはそれを合図に左手を指さした。
「あれだよヨシュア」
 49番ストリートのその先。ロックフェラーセンターの巨大なビルの目の前。そこには20メートルにもなる大きなモミの木が色とりどりのイルミネーションで飾られ、夜空に向かって輝きを放っていた。ジョセフはヨシュアに向かって笑顔で言った。
「これが世界で一番大きなクリスマスツリーだ」
 ヨシュアは目を見開き、その壮大な姿に圧倒された様子でツリーを仰ぎ見た。無数の光を身にまとった大きなツリーは、まるで世界の中心かのように輝いていた。
「す、すごい!!おっきいですね……!!!」
 まるで幼い子どもが初めてものを見たときみたいに、ヨシュアはしばらくの間じっとその場に立ちすくんでいた。その様子は、以前何度か心の中で思い描いた風景そのものだった。

 もしシーザーが生きていたら―――――――

 もしも生きていたら、一緒にこのクリスマスツリーを仰ぎ見たかった。クリスマスを迎えるたびにそんなことを考えて、彼が隣にいることを想像した。何度も何度も。
 そんな想像も、ホリィと手を繋いでこのツリーを仰ぎ見るようになった頃にはしなくなっていった。世界を見ながら甘い飴玉みたいにキラキラと瞳を輝かせる彼女を見ているうちに、未来に目を向けるようになったからだ。

 今、シーザーは見ているのだろうか。ヨシュアの目を通して。そうであって欲しい。もしそうならヨシュアを連れて色んなところへ行きたい。昔シーザーと話した、戦いが終わったら行きたい場所。そこをひとつひとつ回って感想を言い合ったり写真を撮ったりしたら楽しそうだ。今になってそんな気持ちがふつふつと沸き起こっていることにジョセフ自身が一番戸惑っていた。

「そろそろ行きましょうか」
 ヨシュアが振り返る。その瞳はまるで星空をすくったみたいに輝いていた。

 
 
 
 
 

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