Episode 4. Affogato *Christmas recipes -2nd Part

 
 

 この上ない興奮のまま、ふたりはロックフェラーセンターの向かいに位置するサックス・フィフス・アベニューのデパートへ足を踏み入れた。この季節になるとデパートは一層華やかな雰囲気に包まれ、まるで人魚の都みたいに美しい。入り口にはたくさんの人形をぶら下げたツリーと、大きなリボンをあしらったプレゼントボックスが和気あいあいと並んでいて、そのまわりでたくさんの子どもたちが歓声を上げてはしゃいでいる。そんな素敵な玄関を通り抜けると、あふれんばかりの商品でいっぱいのショーケースが競い合うようにジョセフたちを出迎えた。
「す、すごい。高そうなものでいっぱいですね……」
 ヨシュアは立ち止まり、あたりをキョロキョロと見渡した。そうしてる間にも買い物客が牛の群れのようにドッと押し寄せ、あっという間に波に流されてしまった。
「ヨシュア、こっちだ!」
 いくら背の高いジョセフとはいえ、この人混みの中では目を離すとすぐにヨシュアを見失ってしまいそうだ。ジョセフは人の群れを押しのけてヨシュアの腕を掴んだ。
「ぼーっとするな!」
「す、すみません……」
 早くも人混みの洗礼を受けて迷子になりかけたヨシュアの身体を乱暴に引き寄せると、ヨシュアはジョセフの腕にぎゅっとしがみついた。
「凄い人ですね…… 化粧品売り場はどこでしょうか」
 群衆より頭がひとつ大きいジョセフは、ぐるりと辺りを見渡した。すると以前新聞広告で見かけた香水ブランドのポスターを見つける。
「あの辺りじゃないか?」
 指し示した売り場には数々の広告と玩具箱のようなギフトボックスがたくさん並べられていた。その広告はどれも見覚えのあるもので、ここ数日前の新聞や雑誌の一面を華やかに彩っていたものだった。それらは自分にとって関係のないものだったと思っていたので気にもとめていなかったが、まさかこんな場所でお目にかかるとは。そして売り場にはそれらの商品をイメージしたかのような美しい女性たちが案内役をかっていて、そんな女性的で華やかな空間にジョセフは少し気後れした。しかしここまで来てしまった以上手ぶらで帰るわけにもいかない。しっかりと戦利品を手に入れなくては。
「それにしても、全部ギフトボックスになってるんだな」
 ジョセフはてっきり口紅は口紅、香水は香水といったようにそれぞれ別売りで買わなくてはならないと思っていたので、セット商品として箱詰めされていることに驚いた。そして自分と同じようにギフトを買いに来たであろうサラリーマンも数多くいて、ジョセフは少しだけほっとする。
「そうですね。ばら売りだと選ぶ方も、売る方も大変そうですし。それにパッケージや包装の美しさも、女性にとっては大事みたいですよ」
「でも箱なんてどうせ捨てるだろ?」
「それでも、大事なんです!」
 ヨシュアは少し呆れ気味に言った。
 ふたりはそんな美しい箱におさめられた商品をひとつずつ順番にチェックして回った。エジプトやローマを思わせるエキゾチックな雰囲気の商品から、古典的でありつつも今時の洗練された雰囲気を醸し出す商品、少女が欲しがりそうなファンシーなパッケージの中にどことなく大人の雰囲気を取り入れた商品。男性が見てもなかなか手が込んでいると思わず唸ってしまうような素晴らしいデザインの商品ばかりだった。
「ヨシュア、どれもなかなか素晴らしいと思わないか?」
「そうですね」
「それで、女性というものは、この中から何を基準に選んでいるんだい?」
「それを俺に聞きます?」
 ふたりは目を合わせる。どうやら同じ気持ちのようだ。
「ヨシュアって、こういうの得意なんじゃないの?」
「ジョースターさんこそ。さっきみたいにフィーリングで選んでくださいよ。そう、こういうときはフィーリングです」
「それはつまり、”懐かしさ” ってこと?」
「若い女性のプレゼントに懐かしさはあまり必要ないんじゃないでしょうか?」
 ヨシュアは言いよどむことなく正論を述べる。
 それにしても、今日はやたらと何かを選ばないとならない日のようだ。先ほどのアフォガードは懐かしいという理由でなんとなく選んだが、今回はどうするべきか。目を閉じて、ぐるりと3回転した後に指をさして決めるというわけにもいくまい。

「そうですね。それでは意外性で決めるのはどうでしょう? 箱を開けたらびっくりするような」
 ヨシュアが提案する。
「なるほど。それはいいかもな」
 どうせいつもワンパターンな物しかくれないと思っているホリィを今年ばかりはぎゃふんと言わせてやろう。ジョセフは様々なパッケージの中で一番意外性のあるものを探した。

「これだ!」

 ホリィと言えば、ピンク、可愛い、花柄。そんなイメージで選んできたが、その商品はブルーを基調にしたシックな雰囲気の商品だった。おそらく夜空をモチーフにしているようで、パッケージには星座のような模様が描かれている。どことなくフランスっぽい小洒落たれた雰囲気を感じるのも良い。
「青いパッケージですか。珍しいですね」
 しかも詰められた箱の形も三日月の形をしたもの、本の形をしたもの、遺跡のような形をしたものなど、一体化粧品となんの関連があるかさっぱりわからないラインナップの数々。その感じも “意外性” 抜群だ。
「これは間違いない。きっと驚くぞ」
 ホリィの驚く顔を想像するだけ思わず笑みがこぼれる。ジョセフの心からはわくわくした興奮が湧き水のように溢れていた。ジョセフは商品の中で一番大きな三日月型の箱を手に取った。中には、パフューム、フェイスパウダー、コロン、石鹸などが詰め合わせになっていて、その統一感のない混ぜこぜな感じもジョセフは大層気に入った。
「ホリィちゃん、きっと喜んでくれますよ」 
 ヨシュアも満足気な笑顔を浮かべていた。
 
 
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 
 
 
 このプレゼントがクリスマスの日にホリィの笑顔を輝かせることを期待しながら、ワクワクとした気持ちでデパートを後にした。夜の空気は澄すみきっていて、まるで水のようにそこら中を流れていた。
「助かったよ。付き合ってくれてありがとう」
「いえ、決めたのはジョースターさんです。きっと喜んでくれますよ」
 ジョセフはヨシュアを駅まで送るため、ロックフェラーセンターの方角へ足を向けた。そして十字になった街の角を曲がろうとしたところで、ふと、一軒の時計店が目に入った。看板には明るいネオンの燈がついていて、ショーウィンドウには腕時計はもちろんのこと懐中時計や壁時計など様々な時計が美しく並べられている。一秒ごとに石で作られたふくろうの眼がくるっくるっと動いたり、色々な宝石が青い硝子盤の上を星のようにゆっくりめぐったり、サンタの帽子をかぶった小人がやじろべえみたいにゆらゆら動いたり。鑑賞用のためかそれらの時計は自由気ままに好き勝手な時間を刻んでいた。ジョセフは我を忘れてその時間の宴に見入った。
「時計好きなんですか?」
 ヨシュアが声をかけると、ジョセフの頭の中にひとつのアイデアが思い浮かんだ。
「ヨシュア」
 すぐ隣でディスプレイを眺めていたヨシュアと目が合う。”アイデア” は実行せずにはいられない “プラン” に変わった。
「この店、ちょっと入らない?」
「もちろん、いいですよ」
 ヨシュアも意外と興味があるのか案外すんなりと承諾した。
 時計店に入ると、チクタクと針の進む音がふたりの時間を歓迎するかのように心地よく出迎えてくれた。壁を埋め尽くすくらいたくさんの時計があるにも関わらず、それらは整列した兵隊のように同じリズムを奏でている。時計店はブランド物の高級店とは違い、どちらかというと街にある素朴な時計屋といった雰囲気だったが、それにも関わらず、スーツを着た白人の男が気品ある態度でショーケースの前でお辞儀をしていた。
「いらっしゃいませ」
「ちょっとお願いがあるんだが」
 ジョセフが声をかけると店員は親しみのある笑顔で応じる。
「どういったご用件でしょうか?」
「彼に似合う腕時計を選んでくれ」
「え!?」
 ヨシュアは思わずジョセフを見た。店員はそんなヨシュアの様子を気にせずにこやかに微笑んだ。
「もちろんです。こちらへどうぞ」
 リバーカフェの一流ソムリエみたいに洗練された振る舞いで、店員は狼狽するヨシュアをショーケースの前へ促した。
「え、え!ちょっと待ってください。どういうことですか!?」
「クリスマスプレゼントだ。今日のお礼も兼ねて」
 ジョセフが微笑むと、ヨシュアは口から出かかった反論をようやく飲みこんだ。
「で、でも……」
「遠慮するな。好きなやつを選んでくれ」
 ジョセフが促してもヨシュアはいつになく戸惑っているようでその場から動こうとしない。ジョセフはそんな彼の手を取ってまるでダンスにでも誘うかのようにショーケースの前に招いた。ヨシュアはジョセフと店員の顔を交互に見ながらほんのりと頬を赤らめた。

 ふたりは店員の案内の下、店内に並ぶ様々な時計を見て回った。ヨシュアは時計のデザインや機能に興味津々といった様子でそれらを見ては、説明に耳を傾け、勧められた時計を試着したりしながら自分の時計を探した。ジョセフは彼の様子を微笑ましく眺めながら最終的にどの時計を選ぶのかを見守った。

「あ、あの、ジョースターさん」
 ヨシュアがおずおずといった様子でジョセフを見る。しかし遠慮しているのかまだ迷っているような素振りをしている。すると店員が
「こちらはいかがでしょうか?すごくお似合いだと思いますよ」
 と、後押しするようにヨシュアの腕に佇む時計を勧めた。それは12と6だけが数字で描かれ、他の数字はモノリスのように省略されたシンプルな盤面だった。目に見えない時の世界を、金色の針が羅針盤のように正しくヨシュアの時を指し示していく。
「素敵じゃないか」
 ジョセフはヨシュアの時を刻む美しい時計にそっと触れた。それを見ているだけで止まっていた時間が動き出したみたいに、ジョセフの胸の奥で沈黙していた暗闇が少しずつ解けていくように思えた。
「これにするかい?」
 ジョセフはヨシュアらしい麗しい時計を大層気に入った。ヨシュアは謙遜しながらも嬉しそうに頷く。ジョセフが店員に目配せすると、彼は速やかに時計を箱へ納め、手際よく贈り物の形へと仕立て上げていく。
「本当に、いいんですか? 時計なんて高価なもの……」
 ヨシュアはまだ信じられないといった様子でジョセフを見た。
「いいんだ。受け取ってくれるだけで十分なんだ」
 ジョセフの言葉はふたりの間に横たわる20年分の行間を静かにすり抜けて行った。

 
 
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 
 

 丁寧に梱包されたプレゼントボックスはビロードを纏ったみたいに特別な幸せを放っていた。ジョセフはその美しい箱を受け取ると、店員に多めのチップを渡して店を後にする。水のように澄みきった夜は、いつのまにか潮の結晶みたいな粉雪をふわふわと降らせていた。
「ヨシュア、これ」
 ジョセフがプレゼントを渡そうとするとヨシュアが「あ!」と声をあげた。
「ちょっと待ってください!せっかくなんで、あそこで渡してください」
 そしてロックフェラーセンターの前にある世界一大きなクリスマスツリーを指さした。
「やっぱりプレゼントはツリーの下で貰いたいです」
 先ほどの緊張感はどこへやら。ヨシュアはプレゼントの受け取り場所を満更でもない顔で指定してきた。ツリーの下。それは世界中の子どもたちにとって最高に素敵な場所だ。
「意外と子どもっぽいんだな」
「そんなことないですよ。ロマンチストなだけです」
 ヨシュアはペロリと舌を出したかと思うと、ツリーに向かって一足先に走っていった。やっぱり子どもじゃないか、とジョセフは思ったがヨシュアの希望に応えることにした。

 電飾で彩られた大きなツリーを仰ぎながら、子どもの頃スピードワゴンとツリーを準備していた時のことを思い出す。エリアおばあちゃんもスピードワゴンも普通の親と比べたら年をとっていたから、モミの木を準備をするのは財団の人間だった。それがなんだか嫌で駄々をこねていたら、スピードワゴンが一緒に飾り付けをしてくれるようになった。今思えば忙しい時期にわざわざ時間を作ってくれていたのだと分かる。金や銀の丸いオーナメントを下から順番に取り付けて、一番最後、ツリーのてっぺんに星をつける。しかしいつもそこに手が届かなくて、スピードワゴンに肩車をしてもらった。ジョセフは彼に肩車をして貰うのが大好きだった。気がつけばツリーと同じくらい背も伸びて、自分1人で星をつけられるようになって、そして今となっては肩車をする側の人間になった。
 この街のツリーは天に届きそうなほど高い。だから星をつけるのにはクレーンが必要だ。一人では決して取り付けることのできないくらい大きな星を街のみんなで取り付ける。もし誰も手伝ってくれなかったら?そんな風に思うことはなかったのだろうか。それでも大きなツリーを建てようと誰かが決めた。その願いに気がついたとき、この街が一層に愛おしくなった。

「ジョースターさん」

 ヨシュアがツリーの下から名前を呼ぶ。彼はいつになく幸せそうに微笑んでいた。
 大きなツリーの下でヨシュアが待っている。それはクリスマスの朝、ツリーの下のプレゼントを見たときのように、喜びと希望にあふれていた。
 ヨシュア自身が、サンタからのプレゼントなんだとジョセフは思った。

「はい、ヨシュア。これ」
「もう少し雰囲気のある言い方できないんですか?」
「雰囲気もなにもないだろ」
 ジョセフが箱を差し出すと、ヨシュアは照れくさそうな笑顔でそれを受け取った。
「メリークリスマス!ありがとうございます!」
「メリークリスマス」
「俺からも今度、何かお礼させてください」
 ヨシュアの言葉に、「そんなものは必要ない。ヨシュアがいるだけで十分だ」と、言いたくなったが、あまりにも歯の浮いた台詞すぎて唇が震える。その言葉は一度ジョセフの口の中をころころ転がった後にとろりと溶けて、ありきたりな言葉に姿を変えた。

「コーヒーを、淹れてくれ」
「え?」
「お返しはそれでいい」
 ジョセフの言葉にヨシュアは嬉しそうに頷くのだった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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